第37話 あの時から何も変わっていない

 セラフィーナは、苦しみの中で喘いでいた。

 このままではいけないと思いながらも、身体の機能自体が再生を阻害する。

 アレルギー物質が身体を内側から破壊している。


 痛い。苦しい。辛い。

 このまま死んでしまうのかと諦めそうになった時、温かい何かを感じた。

 何かを飲まされている。


 すると不思議なことに身体が楽になった。


「ん……ん? んん―……んんん!?!?!?!?」


 目を開けてみるとありえない光景で驚愕に思考が染まる。

 急速に始まる再生だとかそんなことどうでもよい。

 今はそんなことを考えている場合ではない。


「な、なあああ!? え、は、はああ!?!? なに、何やってんのハルカ!?」


 目を開けたのを見て悠花が即座に離れたために酷いことにならずには済んだが、唇にははっきりと悠花の温かさが残っている。

 真面目に何が起きているのかわからない。エーヴェルトに幻覚でも見せられているのではないかと思うくらいだ。


「あぁ……よかった……さっさと吸血鬼、殺して……」

「ハルカ? ハルカ!?」


 倒れるハルカを受け止める。

 ボロボロだ。死にかけている。

 自分が倒れたせいだ。そのせいでこうなったのだという罪悪感が薪となって怒りが燃え上がる。


「オマエら、よくもボクのハルカをこんなにしたな……?」

「ああ、ボクの仔猫。目覚めてしまうだなんて、これは困った。これは、こま――」


 セラフィーナが手を掲げれば、エーヴェルトの口が強制的に閉じる。


「黙れよ、ボクは今、自分のふがいなさに怒ってるところなんだ。あまり余計なことしてると殺すぞ」


 悠花を抱えてセラフィーナは立った。


「まったく、ボクの仔猫。そんなに怒ることかい? 数十億いるに人間のうち一人が死にかけているだけだろうに」

「黙れと言った」


 莫大な冷気がセラフィーナを中心に渦巻いて病院そのものを凍らせる。


「一生わからないよ、オマエには」

「ああ、わかりたくもないね。ボクの仔猫。やれやれ、仕方ない。動けなくしてゆっくりと洗脳してやるつもりだったが、殺すか」

「こっちの台詞だよ」


 二人の間で力が渦巻いて、炸裂した。

 ただそれだけで病院を中心とした街区が抉り取られる。


「ただの念動力でボクの攻撃は防げないよ」


 舞い上がった塵が晴れれば、セラフィーナの右腕が飛んでいる。


「ふぅん? 変な異能だね、螺旋形のエネルギー? 何それ、変な奴だ」

「威力だけはあるだろう?」

「威力だけあっても意味ないよ」


 みるみるうちに再生。問題にならない。

 それどころか。


「おっ?」


 エーヴェルトがキューブに閉じ込められる。


「潰れろ」


 ぐっと握りこんだ拳と同時に結界のキューブはエーヴェルトごと縮小しエーヴェルトを押しつぶす。


「ノマリの異能だね。使い越せているじゃないか。昔はできなかったのに」

「あれから何百年経ってると思っているんだ、ボクだって成長するんだよ。変わらないオマエと違って」


 潰したはずのエーヴェルトがセラフィーナの背後に優雅に立っていた。

 セラフィーナは消えたキューブの方を見てから、エーヴェルトに視線を戻した。

 そこに炎で包んだエーヴェルトの拳が目の前にあった。


 首をひねって回避などしない。

 炎に頭が焼かれて拳力に首が飛ぶ。

 だからどうしたと言わんばかりに首から下だけで氷の異能を発動する。

 エーヴェルトの拳の炎があふれ出す冷気の中で氷を解かすが、それよりも速く地面を走った冷気に囚われて氷の剣山に喰われる。

 首から上が時が巻き戻るように再生する。

 エーヴェルトはまたも背後に現れた。


「ああ、冬将軍の異能か。アレを倒すとは流石じゃないか。ボクも目をつけていたんだけど、あの時はまだ死にかけてたから」

「…………」


 紫電をほとばしらせながらエーヴェルトの蹴りがセラフィーナの胴を薙ぐ。

 セラフィーナはちぎれた足を念動力で動かしてエーヴェルトを捕まえて地面へと叩きつける。


「おっと。危ない危ない。ボクの仔猫は足癖も悪いね」


 殺したと思ったら別の場所から現れる。

 現れたと思ったら異能が変わっている。

 自分の異能とは違う。それは二つとあるものではない。この七百年、同類には会ったことがない。

 だから、違う。

 それに同じ異能を立て続けにはしない。潰したら潰したきり、その異能を使わない。 

 ならば――。


「オマエ、何人いるの?」

「おや、気が付いたのかい?」

「異能は一人に一つだからね」

「キミ違うだろう?」

「オマエ違うでしょ」


 セラフィーナが異能を複数使えるのはそういう異能だからというだけで説明がつくが、エーヴェルトがそんな異能でなかったことは彼女自身が一番よく知っている。

 テッサリアの城で一緒に暮らしていた頃は、彼の異能は単純なものだった。なんでもできるようなものじゃない。

 彼にできたことは洗脳ただ一つ。こんなにたくさんの異能を持っていたわけではない。


「考えられることは何人もいる」

「はは。小賢しくなりましたね、ボクの仔猫」


 似たような姿をした特徴のない男がぞろぞろと現れる。

 その数は二十人ほど。


「おかしいと思ったんだよね。転化させたばかりの音夢がいるのに力の衰えを感じないんだもの」


 吸血鬼が人間を吸血鬼に転化させる時に、吸血鬼は己の力の半分を明け渡す必要がある。

 力が半分になる。吸血鬼が率先して人間を吸血鬼にしない理由はこれが大きい。

 人間の血を吸えば戻る力であるが、強い吸血鬼ほど全盛期に戻るまで時間がかかるし、それだけ人間を襲わなければならないからリスクもある。

 その分、自分の成長が足踏みする。

 そんな転化をやっておいて力が変わっていないのは不可解。

 思いつくことは、異能を用いた何某か。


「だから、オマエ。洗脳して自分に作り変えてるだろ」

「はは。正解だよ、可愛い仔猫。何せ、可愛い仔猫のおかげでボクは動ける状態じゃないんだ。だったらそんな本体の力を利用するよりも強くて便利な異能を持った新しい身体を乗っ取ってしまえばいいとは思うだろう?」


 そのためにエーヴェルトは吸血鬼を転化させ、以前の自分と同じ力くらいの力になったところで洗脳を施し自分に作り変えていた。

 洗脳は自分よりも下の力でなければ乗っ取れない。だから本体が持つ力と同等の力を有するくらいの相手しか洗脳できない。


「思わないね。でもぺらぺら喋ってくれてありがとう。あの頃から変わってないのはそういうことね。だったらもういいや。本体のところに今から行くから覚悟しろよ」

「はは。見つかるわけないでしょう? それに行かせるとでも?」

「行くよ。これくらい余裕だ。五百年前とまるで変っていないオマエと、五百年吸血鬼を吸い続けて来たボクとじゃ格が違うってのを見せてやる」


 千年物も喰らったばかりだ。

 その力は既に血肉となっている。

 単純換算、現在は千八百年以上分の力を溜め込んだ吸血鬼と同等クラスだ。こんなものただの吸血鬼がどうこうできる存在ではなくなっている。


「何よりオマエの眷属がいる。彼女はボクが血を吸って生きてる初めての吸血鬼だ。ネム、来い」

「っ、は、はい」


 今まで縛られていた音夢が目を覚まして目の前に現れる。

 エーヴェルトが転化させた吸血鬼だが、セラフィーナが血を吸ったことで主従関係が発生している。

 その強制力や支配力は、主となる吸血鬼の力によって変化する。

 セラフィーナとエーヴェルトでは彼女の方が圧倒的だ。


「それじゃあ、ボクたちをエーヴェルトの本体のところに転移させて」

「え、わ、わからないわ……」

「大丈夫、わかるよ。キミはアイツに血を吸われて吸血鬼になったんだから、その絆を辿ればいい。日本では縁っていう概念があるからボクの故郷より楽にできるよ」

「記憶は洗脳で入念に消してますよ、可愛い仔猫。そうでなければ、放置しておくわけないでしょう」

「いいから、やってみて」

「し、失敗してもいじめないでよ、ね……」

「もちろん、いじめる」

「ひ、酷いわ!」


 それでも音夢の身体は喜びを感じている。


「さあ思い出して。この匂いを嗅げばわかるでしょ?」

「…………」

「行かせるわけがないだろう、ボクの仔猫」


 二十人のエーヴェルトが一斉に異能を行使する。


「はは」


 セラフィーナは笑うだけで避けもしなかった。

 四肢が爆裂する。

 血液が刃となって襲う。

 植物が棘となって刺さる。

 トランプが飛翔して斬り裂く。

 弾丸が自由自在に動いて頭蓋を砕く。

 使い魔が現れ、腹を喰い千切って行く。

 その他、様々な障害都合二十。


 だから、どうしたという。

 全身の同時圧壊もなければ弱点を同時に潰すものもない。

 心臓だけを結界で保護しておけば、それだけでエーヴェルトの攻撃など無意味と化す。

 不定形のような姿となりながらも、セラフィーナは生きている。

 それどころか再生の異能が、全ての傷を否定する。


「この程度なの? 他に異能はもうない? 種切れ? 切り札でもあるのなら早くしたほうが良いよ、お兄様? ここはもう死地の死地だよ」

「っ! この、この化け物め! 化け物! オマエのようなものが! どうして! 何故だ!」


 エーヴェルトの空虚な叫びがビル街に木霊した。

 今まであった得体の知れなさなどはどこにもない。ただただ無様になり下がっていた。あるいはこれが本性か。

 セラフィーナは心底から呆れたように溜め息を吐いた。


「はぁ……呆れたよ、あの時と同じ言葉だ。本当に、あの時から変わってないね」


  冷気が爆ぜ、セラフィーナを台風の目としてエーヴェルトが凍り付く。


「さあ、ネム、飛んで」


 言われたまま、感覚のまま音夢は異能を行使しした。

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