第15話 吸血鬼ハンターからスリとる

「何をやっているんですか、あなたたちは!」


 目立たないようにといい含めた吸血鬼が目立ちまくっていた挙句に、吸血鬼ハンターとなぜだかバトルを開始しているという意味不明な状況。

 弾丸を喰らってなお反撃に出ようとするあたりで、悠花のどっか飛んで行っていた思考が現状に戻ってきてとにかく静止しなければと声を張り上げさせた。


「げっ」

「うえっ」


 セラフィーナは、いたずらが見つかった子供のように目を背け、男の方はしまった、という表情。

 悠花はもちろん怒りの表情である。


「何をやって、いるんですか?」

「なんか、この人が勝負しろっていうから……」

「OKされたから勝負してただけで」

「普通に殺し合いですよね」


 言い訳を述べようとするセラフィーナと男をすげなく一刀両断に断じる。

 セラフィーナには視線が絶対にあわないが、彼女には悠花がきっとそれはもう恐ろしい表情をしていて目が笑っていないだろうということがはっきりと分かった。

 一緒に旅をして数日であるが、この女、一度決めたら絶対に譲らない頑固さがある。怒らせるとそれがさらに顕著になる。


 謝ればきっとそれで済む気がするが、人間に怒られたからといって謝るというのも吸血鬼のプライド的にどうなのだろうかとセラフィーナは思う。

 そもそも自分は悪くない。目立たないように――当社比――していたわけで、それなのに突っかかってきた男が悪いのである。

 むしろ被害者まである。うん、自分は悪くないと正当化完了。そういうわけで素知らぬ顔へと移行。


 もちろん悠花は逃がすわけないのである。

 

「なんですか、その素知らぬ顔は。目立たないようにって言いましたよね」

「だから目立たないようにしてたし」

「なんでフード被ってないんですか!」

「暑いし」

「目立ってるんですよ、あなたの顔は!」

「えぇ、普通じゃない?」

「普通じゃないですよ! めちゃくちゃ美人なんですよ、あなたは!」

「そうなのぉ?」


 自分の顔のことなどあまり気にしたことがない。人間が見たら確かに美しいと思うくらいは把握しているが、それがどの程度かなど把握していない。

 同族たちも美形美人が多すぎて基準値がひたすらに高いし、同族からは常々追われる立場で顔の良し悪しを測り合ったことなどないので、自分がどの程度なのか把握できるはずもない。


「そうだぜ、嬢ちゃん。アンタ美人な上に強いと来た。良いハンターだな。いやぁ、後輩が育ってるのは良いことだ。んじゃ、オレはこれくらいで」

「行かせるわけないでしょう。あの人を撃ちましたよね」

「…………いや、不可抗力って奴で」

「撃ちましたよね」

「……いや、ほら、大丈夫そうだし」

「撃ちましたよね。それに全然大丈夫じゃないです」


 セラフィーナは、急に水を向けられてぽかんとしてしまう。


「え?」

「大丈夫じゃないですよね」

「あ、うん。いたたたた……」

「ほら、大丈夫じゃないです」

「嘘くせぇ……」

「というわけで、慰謝料払ってください」

「金はない! 宵越しの銭は持たねえ主義だ。というわけでさーらーばー!」

「あ、ちょっと!」


 男は名乗りもせずに走り去っていった。


「なんなんですか!」

「まあまあ。ちゃんと慰謝料代わりのものはとっておいたから」


 すっと切符を取り出す。


「阿蘇までいける分の武装列車の切符。あのハンターも阿蘇に吸血鬼狩りに行くつもりだったんだろうね」

「手癖が悪いですね」

「いきなり三発もぶち込まれたんだから、これくらいは許してもらわないと。これで切符買わなくて済むよ」

「換金した意味」

「路銀は必要なんだから、意味なかったってことはないでしょ。節約できたってことで。観光費用がそれだけ増えるしね! あともう一つ」


 切符の影からドッグタグを取り出して見せる。


「あのハンター木佐木って言うらしいよ。中々優秀なハンターみたい」

「こんなの盗ってどうするんですか。いらないでしょ」

「情報収集。ボクに三発もぶち込んでくれた男の名前くらい知っておきたいじゃないか。連絡先も書いてあるし、何かに使えるかも」

「そういうものですか。で、それどうするんですか?」

「ん? その辺に捨てとく」

「えぇ……」

「だって持っておく意味ないでしょ」


 セラフィーナは覚えたら、もう興味がないとばかりにドッグタグを捨ててしまう。

 悠花は地面に落ちたそれに視線を向ける。


「木佐木……。お父さんの旧姓と同じなんてそんな偶然あるんだ」


 ともあれ、換金できた上に阿蘇まで行けるだけの切符まで手に入ったのだ。絡まれただけのことはあったことだろう。

 よしんばスラれたことに気が付かれたとしても、それはそれ。スラれる方が悪いのであるし悠花は何も悪くない。

 悪いのはセラフィーナだ。流石邪悪な吸血鬼と心の中で罵りを完了して自分への正当化を完了させる。


「おーい、ハルカー? 行くよー」

「……はい」


 最後にもう一度だけ、振り返ってからセラフィーナの下へ急いだ。


 ●


 一方、立ち去った男は、切符がすられたことにも気が付かず路地裏で煙草に火をつけていた。


「あー、焦った。吸血鬼と街中で遭遇とか勘弁してくれよ。不意打ちでぶっ殺してやろうと思ったのに、なんで対応できんだよ、バケモン中のバケモンじゃねえか」


 男――木佐木はセラフィーナの正体を見抜いていた。

 女神のような美貌の外国人と来ればまず吸血鬼を疑う。もし違っていてもこの時代だ、吸血鬼だと思ったと言い訳すれば群馬の吸血鬼ハンター協会本部が何とかしてくれる。

 だから意味不明な理論で勝負を仕掛け、不意打ちでぶっ殺してやろうとしたわけなのであるが、三度は並みの吸血鬼を殺しきれるはずの術式弾を喰らってなお反撃して来ようとしてきた。


 確実に高位の吸血鬼である。しかし、あそこまでやられても殺意も異能の気配も感じなかったというのはどういうことなのか。

 意味の分からない存在に加えて、木佐木の意識を持って行ったのはその吸血鬼の隣にいた少女――悠花の方だ。


「まさか生きていたとはねぇ。ほんと義姉さんにそっくりだったわ。もっと仕事しろよ兄貴の遺伝子、めっちゃ可愛い子に育っちまってんじゃねえか」


 木佐木は紫煙を吐きながら頭をかく。


「どうしたもんかねぇ。どうして吸血鬼と一緒にいるのやら。あの吸血鬼も大人しく従ってるってのもおかしい。魅了されてる風でもないとくれば、わからん」


 考えたところでわかりようがないのなら考えるのを木佐木はやめた。

 それよりも彼女らを追って危険がないか監視する方が先だと思ったところでで阿蘇行きの切符がなくなっていることに気が付いた。ついでにドッグタグも。


「嘘だろ……」


 盗られた。

 どう考えてもあの吸血鬼の仕業であろう。吸血鬼ハンターが一般人からスリとられる愚は犯さない。


「マジか……」


 慌てて戻ればドッグタグはあの場に落ちていた。

 切符の方はどこにもなく、駅からちょうど阿蘇行の武装列車が発車したところであった。


「勘弁してくれよ、金ねえんだって」


 切符も本来なら女に使う予定の金を不断の努力でどうにか切符にしたのだ。

 この時代の武装列車の切符は非常に高いから次を買うのはいったいいつになるやらだ。

 なにせ吸血鬼ハンターは、吸血鬼を狩らなければお金がもらえない職業なのである。そして人吉に吸血鬼はもういない。


「ふっ……」


 仕方ない、最終手段だと、木佐木はだらしない恰好を自分認識でキリっとさせて――実際はだらしないまま――道行く女性へと話しかけるのであった。


「やあ、麗しのお嬢さん。オレと遊ばないか?」


 金をたかるために――。


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