第14話 人吉市のグルメを探していたら吸血鬼ハンターと遭遇した
ことは数分前にさかのぼる。
セラフィーナは質屋に悠花を送り出してから観光の為の計画を練っていた。
人吉市で有名なのは清流球磨川の恵みである。
中でも鮎、豆腐、漬物、みそ、しょうゆは絶品だと観光ガイドに書いてあったのをセラフィーナはしっかりと記憶している。
もちろん吸血鬼事変以前の観光ガイドの内容であるが、吸血鬼事変後も人吉市ではそれらは絶品である。
「んふふー、やっぱり名産っていう球磨焼酎なんか買ったりしてぇ。あれば塩焼きした鮎で一杯! んふふー、悠花につくってもーらおっと楽しみだなー」
球磨焼酎はまだ世界が平和だった頃に世界貿易機関によって地理的表示の産地指定を受けた米焼酎のトップブランドである。
できることなら奥球磨の方の骨かじりなんて郷土料理も試してみたいなどとも思う。
せっかく人間の連れがいて安心安全に食道楽ができるようになったのだから楽しまなければ損というものだ。
そんなわけで店に見つけるために街頭でスマホをいじっているわけだが、かなり目立っていた。
背負っている棺が原因ではない。古い時代の吸血鬼ハンターが持っていることもあるためそれ単体では特に何か言われることはないが彼女の容姿が非常に目立っていることの方が原因だった。
セラフィーナは目立たないようにしているつもりであるが、立っているだけで目立ってしまっていてまるきり彼女の努力は意味をなしていない。
周囲の人々がセラフィーナを見ている。人だかりができて彼女の周囲を壁のように囲ってしまっていた。
そんな壁をかき分けるように男が一人、セラフィーナの前に立った。ここでようやく彼女はその男の存在に気が付く。
「ん?」
「おい」
セラフィーナは目の前の男の姿を確認する。足元から上まで隙がない。
着ているのは血を思わせる赤いコート。ハンターの伝統的な衣装の一つ。夜闇であろうとも目立つ代物。
術的処理がされている代物で吸血鬼の異能を数度防ぐだけの強度がある。
腰には同じく術的処理が施された刀を佩いてあり、弱点を潰さずとも殺しきるだけの手札としての機能がある。
結論、吸血鬼ハンター。
どこか全体の雰囲気は侮りやすいチンピラめいてはいるものの、年嵩は吸血鬼目線でもそれなりにいっているいることに気が付いた。
吸血鬼ハンターとしていくらかの修羅場をくぐっていると推定。
バレたかと身構える。
「テメェ、相当できるな! オレと勝負しやがれ!」
「んん?」
放たれた男の言葉にセラフィーナは一瞬、戸惑う。何を言われたのかと一度、脳内で言われた言葉を咀嚼しなければならなかった。
勝負。勝負と男は言った。相当できる、とも。
人間の社会に潜り込むことは何度かあったものの、やはり長続きしたことがないためいまいち人間の風習に関しては不勉強だ。
ネットに転がっている知識程度はあるものの、ローカルルールや暗黙の了解といったものについては不足気味。
今のハンターは強い奴と出会ったら勝負することが普通なのか。と考えつつ――。
「まあいいよ?」
勝負くらいならば目立たないだろうと思って受けてしまった。
もう少しセラフィーナが周りを気にしていれば、あれほどいた人垣がまるっといなくなっていることに気が付けただろう。
気が付ければこれが普通でないことにも考えが及んだかもしれないが、残念なことに思考が考えに至る前に了承してしまい、同時に男が動いていた。
刀を抜く――と見せかけたクイックドロウ。
コートで隠した胸のホルスターからリボルバーの抜き打ち三発。
迅雷のような鳴りが遅れてくると同時、セラフィーナの思考はようやく現状に追いついた。
撃たれたと認識。吸血鬼の身体能力感覚であれば、この程度ならば余裕で受けきれるが、普通の人間に偽装している中でそれをやるのはナンセンス。
かといって食らうというわけにもいかない。ご丁寧に勝負の為の模擬弾とかゴム弾とかそういうのではなく、吸血鬼に効果覿面な術式加工弾頭だ。
当たればそれなりに痛い上に、なんとも見事な腕前で心臓に三発全て直撃コース。これに心臓を潰されるのは、数日の弱体化を余儀なくされる上に吸血鬼とバレる。
確実に回避か、当たっても問題ない場所に通して逸らす必要がある。
そう刹那を切り分けた須臾の内に思考を完了し、回避に動く。
「うわ、えげつない」
回避先を封じるように男は動いていた。三発を撃ったと同時、弾丸を躱す為に移動するであろう場所に向かって蹴りを放っている。
ただでさえ至近距離。不意打ちのクイックドロウでほぼ通常ならば必殺であろうに、まるで避けることがわかって、いや期待していたかのようにそこに先に攻撃を置いている。
なるほど、侮りやすい年齢に見合わないチンピラめいた姿は擬態か。吸血鬼は見た目に騙されやすい。
何せ己には力があるのだからと大概が傲慢で、相手の内実を推し量るということが苦手だ。全部上から叩き潰せばいいだろうという思考回路をしているし、実際ほとんどの状況でそれでなんとかなってしまうくらいには強いため問題が発生しない。
しかし、一部のこのような状況では足元をすくわれることになる。この男ただものではない。ハンターとして熟達していることは見ての通りだが、慣れている。
吸血鬼というものがどういうものかわかっている。至近距離の弾丸なんぞ躱せるし、躱してしまえるということがわかっている。
だからあらかじめ攻撃を置いていた。クイックドロウとほぼ同時に放った蹴りで逃げ場はない。
俯瞰すれば詰みである。
そんなものを推定人間のハンター相手に放っているあたり、この男イカれた吸血鬼ハンターだ。
あるいはセラフィーナが吸血鬼であると気が付いたかどうかであるが、その場合はどうしようもないためここでは考えないことに彼女は決めた。
どちらにせよ人間の身で吸血鬼を殺そうとするやつは少なからずイカれているのだから、こいつがダントツでおかしいというわけではない。
悠花だって、吸血鬼を倒すために吸血鬼と手を組んでいるのだから同類である。
ともあれ、セラフィーナには悠長にしている暇があるわけでもない。回避しようとして失敗。
一瞬の出来事である。このままでは弾丸を喰らう。
「なら――」
セラフィーナは目標を回避から心臓に当たらなけれ良いに変更。
コンマ数秒以下で肌へと突き刺さる弾丸を身体をひねって問題ない部位へと通す。
一発は胸から入れて身体のひねりを使って腕を沿わせて手の中に逃がす。
二発目は一発目のひねりの流れで骨で止め、三発目は肺に通して中に込めた異能の冷気で固めて落とす。
「ごふっ――」
次の瞬間には術的効果が全身に広がるが、再生をフル稼働で無視。また腹が空いた。これは是が非でも人吉グルメを堪能せねばなるまい。
もちろん、そんなことを思いながらも少しでも隙を見せればバレるからやせ我慢。
死ぬほど痛いから後で悠花に慰めてもらおうかななどと思う程度で現実逃避を完了し、反撃に出る。
「マジか。イカレてるな、オマエ!」
セラフィーナの行動を見て男は驚愕と同時に笑っていた。
まさか弾丸を喰らってまで反撃に出てこられるとは予想していなかったらしい。
「どうもイカレてなんぼでしょ、ハンターなんて」
何せ、数百年前にいた吸血鬼ハンターなんてたった一人で数百万の軍勢を有する一人の吸血鬼と戦い勝ったという話があるのだから。
もっともセラフィーナは吸血鬼であるから、これくらいイカれてるも何もなく通常運転である。人間のハンターだと勘違いしてもらえるように言っているだけだ。
「じゃあ、こっちの番ってことで!」
異能は使わずに身体能力で圧倒する。人間なんてそれで十分である。
やおらに拳を握り男に向かって振りかぶったところで――。
「何をやってるんですか、あなたたちは!!」
悠花の怒声に動きを止めた。
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