第13話 魅了の瞳

 瞳を赤く輝かせたセラフィーナは、関所で吸血鬼対策をしようとしている二人の職員と目を合わせた。

 その瞬間、二人の職員は熱に浮かされたように顔を赤らめて動きを止めた。


「よし、かかったね」

「もしかして魅了の瞳ですか?」

「うん、そうだよ」

「こんな遠くから? 目を合わせなきゃ意味ないんじゃ」

「だから、合わせたよ。ボクは視力が良いからね。この距離からでも見えるし、魅せられるんだよ。同族喰いで強化されてるからね」

「……もしもの時ますます殺しにくくなるじゃないですか。やめてくださいよ、そのインチキ。というかわたしに使ってませんよね」

「使ってないし、使わせてくれてないじゃないか、キミは。どんなにやっても目を合わせてくれないんだよ? ボクは寂しい」

「吸血鬼相手に目を合わせるなんて自殺行為、わたしはしませんので」

「一緒に旅するんだから、少しくらいは合わせてくれてもいいのに」

「お断りします」

 

 ちぇーと頬を膨らませたセラフィーナと悠花は関所に辿り着き、すっかりと魅了されているらしい職員二人から関所通行の処理をすべてスキップしてもらう。


「さあ、キミの出番だよ。ボクを招いてくれたまえ」

「はい、わかりました。あなたを招きます」


 県境を越えた悠花がセラフィーナを手招きする。


「ご招待いただき恐悦至極に存じます」

「それ前も言ってましたね」

「古い吸血鬼の定型って奴だよ。言わなくても別にいいんだけど、言った方がかっこいいじゃないか」

「そうですか。それよりペナルティーは?」

「ないね」

「これであったらどうするつもりだったんですか?」

「一日三食は惜しいけどここでお別れしてたかもね」

「させませんよ。あなたには何としても日本の吸血鬼を狩ってもらいますから」

「そのやる気はいったいどこから来るのやら」


 ともあれ関所を通り抜ければ、もう熊本入りだ。

 通り抜けたら魅了を解除する。記憶が残らないように命じたので、二人はまた雑談に戻っていった。

 悠花はその間に、スマホで地図を確認する。もうすっかりスマホに慣れている。


「ええと、ここから近い武装列車の駅は……人吉市みたいです」

「武装列車?」

「日本の移動手段ですよ」

「へぇ、籠島から出たことないんじゃなかったっけ? 詳しいね」

「ガイドするために勉強しました」

「真面目だねぇ」

「当然です。やるといったからには何をしてでもやり遂げます。おはようからおやすみまで。お世話しますし、セックスもします」

「しなくていいから! はしたないから女の子がセックスとか人前で言わないの!」

「? でも、わたしとあなたしかここにはいませんよ」

「じゃあ、お外で言っちゃだめ!」

「……? わかりました」

「わかってないでしょ。はぁ……とりあえず人吉市ね」

「はい。そこで武装列車にのって吸血鬼が出たという阿蘇の方に行きます」

「阿蘇かー。あ、人吉って温泉あるし入っていく?」

「温泉……! 入りたい、でも、時間もありません。吸血鬼が逃げるかもしれませんし」

「少しくらいいいでしょ」

「駄目です! その間に被害が出たらどうするんですか。わたしたちが温泉に入っている間にハンターが来たら逃げるかもしれませんし」

「確かに吸血鬼に逃げられたら元も子もないか」

「それにお金もないですし」


 着の身着のままに籠島を出たため悠花はお金を持っていない。ベネディクトと刺し違えて死ぬつもりで貯金も全部処分してしまっていた。

 セラフィーナは外国から日本に入ってきたばかりで日本の貨幣を何一つ持っていない。


「それなら武装列車に乗るのも難しいんじゃない?」

「良い感じに隠れて乗り込めばいいかと」

「稼ごうよ……密航して見つかったら大変だからさ」

「見つからなければいいのでは?」

「駄目絶対! というかなんで吸血鬼のボクが人間のキミに道理を説いているのさ」

「……面倒ですね、人間社会」

「キミも人間社会にいたんだよー? とにかくお金が必要だね。人吉に着いたら質屋を探そう」

「何か売るんですか?」

「うん、当然吸血鬼社会にもお金の概念はあるからね。換金用にいくらか宝石を常備してるんだよ」


 セラフィーナはここに入っているよと、こんこんと背中の棺を叩く。


「宝石……どこで手に入れたんですか?」

「吸血鬼の城って大概、お高いものがいっぱい置いてあるからね。飾り立てるの大好きなんだよ、吸血鬼は。だから城を襲うと大概出てくるんだ」

「なるほど、だから質屋で売ってお金に変えようと。でも盗品じゃないですかそれ。どこのものか疑われたらどうするんですか?」

「大丈夫でしょ、ハンターたちも良く換金してるって話してたし。バレないようなところに行けばいいし」


 本当かと悠花は思ったが、他にいい案があるわけでもない。

 働くにしてもこんな怪しい旅人が働けるわけもないため、やはり旅先で手に入れたものを質屋で売って金に換えるのが一番良いという結論になる。


「わかりました。じゃあ、それで行きましょう」

「よーし、それじゃあ急いで人吉市まで行こうかー。あ、換金するのはキミに任せるねハルカ」

「なぜにわたしが?」

「ボクが人間の質屋に入れるわけないでしょ」

「それもそうですね。じゃあ、その間あなたはどうするんですか?」

「目立たないようにするよ」

「ちゃんと目立たないようにできるんですか?」

「できるって」


 そして、人吉市に着いて悠花が宝石を質屋で換金した後、残しておいたセラフィーナのところに戻ったわけであるが――。


「テメェ、相当できるな! オレと勝負しやがれ!」


 セラフィーナが盛大に絡まれていた。


「えぇ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る