第6話。美紅と教師
灰色の空が雨を降らす、ある日のこと。
「
椅子に座っている雨音に声をかけた。
「悪い。呼び出したみたいで」
雨音の前には担任の先生が座っていた。三者面談の時に
この状況。とても楽しい会話が始まる雰囲気ではなく、美紅は雨音に近づくことにした。
「
美紅は雨音の隣にある椅子に座った。
家で一人で過ごしていた美紅に突然、学校から連絡が来たのは先程のこと。美紅は急いで学校まで足を運ぶことになった。
「電話での件、間違いないんですか?」
「雨音さんは部活内でいじめを行っていました」
いじめの事実だけじゃない。そのいじめを受けていた生徒が自殺未遂をしたことを美紅は電話で知らされた。
「アレをいじめとは呼ばないだろ」
「それは本人の受け取り方次第です」
担任の先生から聞いた話だと、雨音の厳しい指導が他の生徒を追い込んだと言っていた。さらにはサボっている生徒を晒すような真似もした。
「雨音さんの行動によって、一人の生徒が自殺未遂をするまで追い込まれた。その事実を学校側は無視するわけにはいきません」
「なら、退学にでもするか?」
美紅が口を挟まなくても雨音は話を進める。
「それも一つの選択肢になるかと」
雨音は反省するどころか、今でも喧嘩腰のままだった。本人が納得していないことで責められても受け入れられるわけがない。
「雨音ちゃん、でも、大会が……」
「大会なんて出られるわけないだろ」
エースの雨音が抜ける意味。それを担任の先生が理解していないわけがない。だけど、雨音の言う通り無理なものは無理だった。
「さっさと、私の処分を決めてくれないか?」
「その話なら、職員室で行われてますよ」
雨音のやったことは下手したら、もっと大きな問題になるかもしれない。そうなれば雨音の両親が関わってくる可能性もある。
美紅は雨音の為に何をするべきか、わからなかった。ここに呼ばれたのも、ただの保護者として。余計なことをすれば雨音を怒らせてしまう。
「くだらない」
雨音が椅子から立ち上がった。
「どうせ退学になるなら、今辞めてやるよ」
「雨音ちゃん、少し落ち着いて」
美紅は雨音の腕を引っ張っる。
「どうして、止めるんだ?」
「今辞めると、あの話が……」
雨音は体を動かして、美紅の肩を掴んだ。
「なんで、私の話を知ってる?」
雨音の姉である
「雨音ちゃんのお母さんとは何度も話してるから」
具体的な内容は話してくれなかったけど、雨音の母親から何度か説得をするように美紅はお願いをされていた。
「学校を辞めたところで、実家に戻るつもりもないし。どこかに行く気もない」
雨音の意思はハッキリとしていた。
「でも、やっぱり、辞めちゃうと理由を与えることにならない?」
「うーん……それもそうだが……」
美紅は雨音の行動を止めたかった。学生としての時間を失うことは、想像以上に大きなものを失ってしまう。
二人の会話の中で、担任の先生が少しだけ席を外した時間があった。すぐに先生が戻ってくると、深いため息を吐いていた。
「雨音さんは停学処分に決まりました」
「は?停学だけで済むような話か?」
雨音は掴みかかる勢いで先生に近づいた。
「あくまでも部活動の範囲内で行われた個人的な指導ということで。それを許可した顧問の監督責任が大きいと判断され、雨音さんは停学処分ということで話は終わりです」
呆れたように雨音は椅子に座った。
「学校側は問題を大きくしたくないってことか」
「自殺未遂と言いましたが、実際は駅のホームで立ち尽くしているところを保護されただけです。他が問題として取り上げることも難しいことです」
いじめの事実を他人が知ることになるのは、テレビのニュースだったりする。でも、今の話を聞いただけだと、ニュースになるかもわからない。
「私のやったこと知ってるなら、本人が全部ぶちまけたんだろ?それでも、あんたら教師は何とも思わないのか?」
「個人的な発言をするとしたら、こんなくださいことに時間を使う必要はないと思っています。せめて、飛び込んでから騒いでくださいよ」
彼女の本音を聞いて美紅は寒気がした。
すべての教師が彼女と同じではない。だけど、教師は友人でなければ家族でもない。常に本音をどこかに隠して生徒と接する。どこまでも恐ろしい存在であることを美紅は思い出した。
「ああ。今のは聞かなかったことにしてください」
「別に。どうでもいい」
雨音が椅子から立ち上がった。
「話が済んだのなら帰っていいだろ」
「はい。後の処理はこっちでやっておきます」
部屋から出ていく雨音の後を美紅はついて行った。廊下に出たところで、息が詰まりそうになっていたことを思い出すように美紅は深呼吸をした。
「緊張したのか?」
「なんというか、昔のこと思い出して、ね」
会話をしながら、駐車場に向かう。
「私が家庭教師になる前は学校の教師になろうとしたって話。雨音ちゃんにしたこと覚えてる?」
「ああ。覚えてる」
「と言っても、まだ学生の頃の話だけど。私には憧れてた先生がいて、その人を目指して教師になろうとした」
子供の頃のどうしようもない夢。まだ他の夢に比べて現実的ではあったけど、美紅の夢が叶わなかったのは途中で諦めてしまったから。
「人当たりがよくて、優しい先生。そんな先生が人気になるのは当然で、私も同じように先生と仲良くしようとした」
「教師と仲良くしようとする感覚なんて私にはわからないな」
「私も苦手な先生とは、仲良く出来ないなって思ってたよ。だけど、全員が同じってわけじゃないし、私の近くには一人くらいは居たってことだよ」
雨の中を二人で走って、駐車場に停めてある車に乗り込んだ。念の為に持ってきたタオルを美紅は雨音に渡した。
「で、さっきのことと何か関係あるのか?」
雨音はタオルで濡れた髪を拭いている。
「私は先生の本性を見ちゃったんだ」
それは父親に連れられて、二人でお店に行った時のこと。隣の席から聞こえてきた声に気づいて、よく見てみると、知らない男の人達が集まってお酒を飲んでいた。
その中に私の憧れていた先生も居た。居心地が悪そうにして、お酒を飲んでいたけど。美紅は聞いてしまうことになった。
「先生は生徒に点数を付けてた」
「は?点数?」
「そう。勉強の成績がよかったり、性格がいい子は点数が高くて。その逆は低くなる」
その話を聞いて、周りの人達は笑っていた。
「だけど、私は気づいたんだ。その中でも特に点数の高い生徒。それがいつも、先生に声をかけている生徒だってことに」
「つまり、自分に好意的な生徒には高い点数を付けて、王様気分で勝手に評価してたってわけか」
それを聞いて、どう思うかは個人によると美紅は思った。正しく評価されているなら、それでもよかった。
「でね、私よりも点数の高い子が一人いたんだけど……」
「何かあったのか?」
美紅が過去として、忘れようとしていたこと。
「その子は……先生に誘拐されて殺された」
「……っ」
もし、その子が居なければ。
同じ目に遭っていたのは自分だと。
美紅は今でも忘れることが出来ずにいた。
「死ぬまでの間、ずっと監禁されてたって」
「最悪な話だな」
「だからね、私も少し。先生って苦手かな」
裏表のある人間は他にもいる。だけど、特に教師という存在が美紅は苦手だった。ただ、美紅は自分が家庭教師の道を選んだ時、同じ場所に立っている気がした。
いずれ自分も誰かの傷になるのだろうか。
そんな恐怖を美紅は心の奥に秘めていた。
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