第34話 事件


 その後はまったりとした空気で終える事ができた。アルドリックの所有する書庫へと案内される事になったので一度許可を取りに城へと戻るとアルドリックが言った。


「王族なのに許可が要るのか」


 ジルヴァラの嫌みにアルドリックは苦笑した。


「もちろん私や従者なら問題はないな。でも利用する君達は後ろ盾がないだろう? 身元はハッキリさせておかないと貴重な書物もあるからね。約束をしたのに、すぐに連れて行けなくてすまない」


「ううん、それは仕方ないよ。本は大事だもん!」


 ハッキリそう言うと、ジルヴァラは大きな溜息をこぼした。


「やはりティウは本が好きだったか。分かりやすいが、ジルは苦労するね」


「……うるさいな。というか、俺をあだ名で勝手に呼ぶな」


「別にいいじゃないか。たった二日とはいえ腹を探り合った仲だろう?」


「気持ち悪いな!!」


「あはは!」


 そんなやり取りをしながら貴族島への入り口近くの噴水まで来た。どうやら王族所有の書庫の利用の許可を特別に一日限定の入場証を作ってくれるというのだ。ティウはとても喜んだ。


「ありがとう~!」


「どういたしまして。書庫の方は明日までに準備しておくよ。今日中に渡せなくて悪いね。今日は別の利用者がすでにいて利用できないそうなんだ。明日の朝、君達が泊まっている宿に使いを出そう」


「必要ない」


「そんなわけにはいかないよ。どの道、君達だけでは責任者となる同伴者がいないと、書庫どころか貴族島にすら入れないからね」


 それだけ王家が所蔵する本というものは価値が高いのだ。火種を持ち込まれても困るので、荷物検査を受けたりすると聞いてティウは「わかった!」と元気よく返事をした。


「ティウを困らせた顔ばかり見ていたけれど、君は笑顔がとても可愛いくて素敵だね。あと、美味しい物を食べている時もとても幸せそうだ」


「えっ」


「……弟をたぶらかすのはやめろ」


 可愛いと言われて怒るでもなく、少し照れてしまったティウをジルヴァラが小さく小突いた。


(たぶらかされてないよ!)


 アルドリックに見えないように抗議の顔を見せる。両頬がぷくーっと膨らんでいたティウの両頬を、片手でぶみっと潰した。


「ぶひゅー」


 膨らんでいた頬を押しつぶされて変な音が出てしまった。


「ぷっ」


 それを目にしたアルドリックが目を見開いて噴出した。


 抵抗するがジルヴァラの手はビクともしない。渋面になってジト目で抗議していると、それを見たアルドリックが肩を震わせて涙目になっているのに気付いた。


「ふふふ、君達は本当に面白いね」


(笑われてるー!)


 ティウは恥ずかしくなって、ていっていっと両手で拳を握ってジルヴァラに抗議する。その様子は子犬がじゃれ合う姿だった。


 アルドリックのみならず、その後ろに控えていた従者達もほんのりと微笑ましさを滲み出していて、微笑ましい空気になっている。馬車で同席していた時のあの重い空気が嘘のようだった。



 あまりにもジルヴァラに効かないので、ティウは怒ってボソリと言った。


(肉抜き)


 突然パッと手を離される。解放された両頬が痛いと擦ってジト目でジルヴァラを睨んでいると、きゅ~んと幻聴が聞こえそうな耳と尻尾が垂れたジルヴァラがいた。


「おや、形勢逆転しているな。ティウ、どうやったんだい?」


「秘密です!」


 そんなやり取りをしながら貴族島入り口の検問所まで戻って来た時だった。中央広場の噴水にたむろしている人垣にアルドリックが気付き、首を傾げた。


「おや……?」


 兵士数人と通行人と思わしき者達が揉めている。大人が小さな子供を庇って兵士達に大声で怒鳴っていた。


「何かあったのか?」


 検問所に立つ兵士にアルドリックが聞くと、兵士は緊張しながらも事の次第を説明した。

 どうやら子供が結界に向かって悪戯をしていたらしい。


「それで、どうしてあんなに人が?」


「それが……結界に向かって石を投げた子供に兵士が……その」


 言い辛そうにしている兵士の態度で何となく察したのだろう。アルドリックはその足を騒ぎの中心へと向けた。


「何をしている」


 低い声でそうアルドリックが言うと、バッと人垣が割れた。


 その先には泣いている母親とその腕の中でぐったりした少年だった。その友達と思わしき他の少年も大泣きしている。


 ぐったりとした少年は片頬が真っ赤に腫れ上がっており、鼻血も出ていた。


「酷い……」


 ティウは口元を手で覆い、眉を寄せた。


「説明しろ」


 険しい顔でアルドリックは兵士に厳しい目を向ける。


 ビクリと肩を震わせた兵士の一人が、辿々しく説明を始めた。

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