第35話 暴かれる秘密
子供が遊び半分で結界の一部に石を投げて遊んでいた事、気付いた兵士達が子供を追いかけたが散り散りに逃げてしまったせいで捕まえるのに時間がかかってしまった事。
さらに隠れていた子供が策の間から結界に向かって石を投げ続け、衝撃を受けた結界の一部がブワンッと音を立てて揺れたと思ったら、急に光ったらしい。
ただ事ではないと兵士は子供に逃げるように叫んだが、結界全体に急に赤黒い文字が浮き上がり、蜂の巣状の六角形の模様が次々に現れたそうだ。
「模様……まさか網か? 見たのか!」
アルドリックの驚きに周囲の民達も響めきが走る。子供がした事でまさかの事態に発生していると分かっていなかったのだろう。
「確かにそう見えましたが……その、その光った後に、子供に向かって光線が……子供が弾き飛ばされまして、それで怪我を……」
「お前達は手を出していないと?」
「はい。そう説明をしているのですが、親御殿が怒って説明を聞いてくれません」
「なるほど。分かった」
そう言ってアルドリックはわめいていた親達に向き直った。
「結界に害を与えるとどうなるか、お前達は今まで子供に説明をしていなかったのか」
この国の者なら誰もが知っている事実の筈だとアルドリックが厳しく言った。
「違う! この兵士が子供をこんな目に……!」
その場で見ていたと言い出した他の者達を目線で黙らせ、アルドリックは静かに言った。
「子供の傷は結界魔法を受けた痕跡が残っている。結界は一定量の攻撃を受けると、その衝撃を吸収して倍以上にして攻撃者に跳ね返す。子供は自分のやった事をまともに受けてしまったのだろう」
「なんだと!? この結界は子供を攻撃するのか!」
一瞬で事実が湾曲され、間違った解釈が動揺と共に広がっていく。都合の良いように勝手に解釈して叫びだした親の態度に、アルドリックは溜息を吐いた。
「誰がそんなことを言った! 結界には制約がある。決して攻撃をしてはいけないと教えられたはずだ。事故が起きないように兵が常駐していたのに、隙を見て攻撃するからそうなってしまったんだぞ! 反逆罪だと捕らわれても仕方がない行為をしておいて、反省すらしないとは何事か!」
アルドリックの一喝に親子達が怯む。早く子供に治療を、とアルドリックが指示を出していた時、人垣の中にいた一人の男が声を荒げた。
「反逆罪だと!? 民を締め出して守ろうともしない貴族のくせに!」
「貴様!」
兵士の一人が声を荒げた。しかし、男の不満の声に次々と民の不満が続いた。
「ぬくぬくと結界に守られているばかりのお貴族様のくせに! 俺達を守ろうともしないどころか反逆罪だってさ!!」
「俺達だって習ったさ! あんた達貴族が、結界から俺達民を追い出したって事をな!」
そして誰が始めたか分からない。自分達を守ってもくれないこんな結界なんていらないと叫び出し、噴水の脇に積まれていたモニュメントの一部の石を次々と結界に向かって投げ出したのだ。
大人の腕力で投げられた石の一つ一つが、ブオン、ブオン、と水紋を描くように結界に吸収されていく。
「止めないかッ! 跳ね返ってくるぞ!!」
結界が全体的に赤黒く変色する。異様な事態に石を投げていた者達が怯んだ。
今まで見たこともない結界の様子に、アルドリックは過去の文献に書かれていた事を思い出した。
結界は一定の攻撃を受けると赤黒く変色し、その対象者へ向かって反撃を放つとあったのだ。
「まずい、反撃が始まるぞ!」
アルドリックは周囲の者達に向かって叫んだ。
「退避ッ! この場から避難しろ!! 物陰に隠れるんだ!」
結界の周囲を守っていた兵士達にも向かって逃げるように声を荒げる。アルドリックの尋常ではない様子に、兵士達は結界に向かって石を投げ続ける住民達を放って一目散に逃げ出した。
アルドリックの逃げろと言う言葉を聞いて、貴族が逃げ出したぞ! と笑いだす民達の様子は異常だ。
「こんな役にも立たねえ結界なんていらねーよ!」
「そうだそうだ!」
子供が傷つけられた事で、これまで抱えていた不満が爆発したかのような異様な熱気に包まれている。そんな民達にも関わらず、アルドリックはそれでも逃げるように叫び続けていた。
その一部始終を見ていたティウは、結界に組み込まれた術式を見て青ざめる。
「あ、あ……」
先程の兵士が言っていた通りの事が起きた。結界が急にぶわりと光ったと思った瞬間、石を投げていた者達に向かって光が一直線に解き放たれたのだ。
「うわああああ!」
「きゃああああ」
その場は一瞬で地獄絵図と化した。血まみれで横たわる男、蹲って痛がる女。
結界から反撃を受けたの男の腹には穴が開いており、どくどくと血が流れ落ちて周囲を血に染めていく。
逃げ遅れた者達が何とか結界から距離を取ろうとするが、結界の第二回目の攻撃が始まろうとしてまた光りだす。
ティウは慌てて前に飛び出した。
「ティウ!?」
「ダメだ、ティウ! 逃げなさい!」
ジルヴァラとアルドリックの慌てた声が背後からするが、ティウはなりふり構っていられなかった。
腹から血を流していた男に向かって、結界の光の矛先が一点に集中している。その瞬間、男は絶望した。
しかし、その目の前に小さな影が覆い被さる。背中しか見えなかったが、そのお尻には小さな尻尾が揺れていた。
「くっ……! 守って!」
慌てて詠唱無しで結界を施し、ティウは結界の反撃を逸らす。その逸らした攻撃は、噴水の中央に立つティウの石像をすさまじい音と共にえぐり取って粉砕した。
その破壊力を目の当たりにした者達は、今度こそ悲鳴を上げて散り散りに逃げ出した。
結界は吸収した攻撃とは別に、攻撃態勢に入っているのに気付いていた。
連続で攻撃を受けると、敵に囲まれていると判断して無差別に攻撃するようになっているようだ。
(私、なんてものを組んでいるのよ!?)
慌てて結界の術式を解くためにティウは結界へと走り、その両手を結界にずぶりと埋め込んだ。
「ティウ! 止めろーーッ!!」
ジルヴァラの悲痛な叫びが聞こえてくる。慌ててこちらへと向かって来るジルヴァラの気配がするが、今この状況を納めなければ、このままでは結界の周囲にいる者達を無差別に攻撃するようになるだろう。
「くう……!」
自分が作った術式とはいえ、かなり複雑に絡み合った術式を解くには骨が折れる作業だ。
ティウの両手の部分からハニカム構造の六角形がブワリと広がり、網と呼ばれていた結界の全貌と術式が結界に浮き出る。バチバチバチッと周囲に火花が散った。
その様子を見た、アルドリック達が呆然とする。
「な……まさか……そんな……」
ティウの腕に付けていた変装用のバングルがはじけ飛び、ティウの髪色が顕わになった。
「ティウ止めろ!! 死ぬ気か!」
ジルヴァラの悲痛な叫びにティウは「そんなつもりない!」と返事をしたかったが、噛みしめていた唇からは息が漏れ出ただけだった。
ジルヴァラは必死に結界からティウの腕を結界から抜こうあがいていたが、ティウと結界の間に火花が散り、電撃となってジルヴァラを攻撃しはじめてしまった。
「ぐっ……!」
バチンッ! という派手な音を立てて感電して力が抜けたジルヴァラを見て、ティウは余計に焦ってしまう。
無差別に殺してしまう事態だけは避けなくてはと、ティウは次々と術式を読み取っては修正していく。
「止めろ……止めてくれ……!!」
必死に叫ぶジルヴァラの声を聴きながら、結界に向かって強制解除を必死の思い出施した。
すると、ティウの腕と結界が接触していた部分からまばゆい光が迸る。
「ティウッ!!」
そして、フッと結界の光が消えた。
応急処置の術式が完了したのか、ティウの周囲の網がスーッと透明になっていき、赤黒く変色していた結界が元の色へと変わっていく。
しばらくすればいつもの静かに立たずむ結界へと戻っていったが、周囲の者達は驚愕の目でティウの後ろ姿を見ていた。
消えた耳と尻尾。さらりと流れる漆黒の髪が、背後で壊れた石造の人物と被る。
ずるりとティウの手が抜ける。意識が朦朧として崩れ落ちるティウに、慌ててジルヴァラが手を伸ばした。
「ティウーー!」
ジルヴァラの悲痛な叫びが遠くで聞こえた気がしたが、ティウは意識が保っていられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます