第33話 書物は餌となる
「周辺諸国はミズガル国の結界が無くなれば攻めてくるかもしれない。さっき、本屋さんで簡単なミズガル国の歴史が書かれた本があったの」
「ティウ、それは……」
ティウの家族が隠したがった歴史。ミズガルの歴史だけではなく、ティウはここ百年の魔法の歴史も見ていた。
あくまで人族側から見た歴史ではあったが、少し周囲の状況が理解できた気がする。
「結界に守られてきたこの国は、宗教の教えに背いて周辺諸国を煽っていた事があるらしいの。それに結界に守られる事を当たり前だったせいで魔法の進化も遅れてる。結界を抜きにしてしまえば、この国には守る力も、対抗する力もない。だから……」
ここまで言って、ティウはジルヴァラに肩を掴まれた。
「そうやって死ぬ目に遭ったんだぞッ!!」
ジルヴァラの剣幕に、ティウはただただ目を見開いて硬直した。
「またあんな思いをしなければいけないのか!? いつか息が止まるんじゃないかと気が気じゃなかったんだ! ずっと、ずっと待ってたんだぞ……ッ!」
ジルヴァラの悲痛な声にティウは何かが繋がった気がした。どうして無理をしてまで結界を施したのか、その理由が思い足らなかったのだ。
百年前、きっとこんな風にこの国で出会った仲間に同情して、結界を施してティウは死にかけたのだ、と。
手負いの獣のようにティウを守ろうとして牙を剥くジルヴァラに、ティウはもう何も言えなくなってしまった。
「驚いた……ティウ、君は凄いな」
苦笑しているアルドリックを横目で見た。アルドリックは椅子の背もたれに体重をかけ、両手を組んで腹に置いた。
余裕のその態度ではあったが、どこか観念したような風にも見えた。
「君の言うとおりだよ。私は結界が消えた時の対処として軍事強化と魔法研究を進めたいと進言した。まあ、父には鼻で笑われてしまったがね」
「……それでどうにかして結界が綻んでいるのを周囲に伝えようとしていたんですね」
「ああ、なるほど。噂になっていたのか」
アルドリックは苦笑しているが、その顔には陰りが見える。八方手を尽くしたが、実を結ばなかったのだろう。
「そんな時に結界の綻びが見える君に会ってしまったんだ。……強引な真似をしてすまなかった」
頭を下げるアルドリックを見て、今なら藁にも縋る思いだったのだと分かる。けれど、ここまで聞いてティウは「こっちこそごめんなさい」と謝った。
「どうして謝るんだい?」
「アルドリックさんの助けにはなれないから……」
「う~ん。振られてしまっているが、私は諦める気はないよ?」
「じゃあどうするの? 綻びが見えるからって話をしても聞いて貰えるわけないよ。他の人には見えないのに、まして他国の獣人の言うことなんて誰が聞くの? 王族の貴方の話すら聞こうとしないのに」
そこまで言って、ティウは自分の失言に気付いた。
「どうして他の人には見えないと?」
「……アルドリックさんがそう言ってたよ? 網になんて誰にも見えないって。違った?」
「ふむ。……確かに言った気がするな」
ティウの言葉に引っかかりを感じたのか、アルドリックは片手を顎に当てて考えこんでいる。
「他の人に見えないとティウが理解しているという事は、獣人だから見えるというわけじゃないという事だね?」
「ジルは見えるかい?」
無言でアルドリックを睨み付けたままだが、それだけで見えていないと返事をしているようなものだった。
「ティウ、結界が綻んでいる事を他の者が分かるようにするにはどうしたら良いと思う?」
「何も出来ないって言ってるのに……」
「知恵を借りたいだけなんだ。……たとえば、ティウの言う綻びの場所に衝撃を与えるのはどうだろう?」
結界が何かしらの反応を示すのではないかとアルドリックが言うが、ティウは首を横に振った。
「それでもし結界が少しでも破壊されたら? 私達はどうなるの? 結界を壊したって処刑される?」
「……すまなかった」
リスクが高い方法だとようやく気付いたようだ。そんな事を手伝わされるというのなら、誰もが手伝う事など嫌がるだろう。
「やはり八方塞がりか……」
そう溜息が聞こえたと同時に料理が運ばれてきた。昨日と同じように店員から一つ一つ説明を受けながら食事を始めるが、正直気が重くて誰もカトラリーを握る気にもなれない。
「すまないな。どうか気にしないで食べてくれ。ジルの言うとおり、こちらの事情でしかないのだからティウが気にする事ではないよ」
「……力になれなくてごめんなさい」
「ありがとう、その気持ちだけで嬉しいよ」
アルドリックはその権力を使って、ティウを生け贄にする事ができただろう。
先程のようにティウに結界を壊させ、処刑してしまえば民の意識はティウへと注がれ、結界の力は弱まっていると宣言して軍事改正ができたはずだ。
「そういえばティウは料理が好きだったね。この件を口外しないと約束してくれるなら、我が書庫に招待するけれどどうする?」
ナイフとフォークを器用に使い分け、前菜を器用に切り分けていくアルドリックをちらりと見てティウは溜息を吐いた。
「……逃げ道がないです」
「ごめんごめん。じゃあ来てくれるよね」
「おい。いい加減にしろ」
ジルヴァラがアルドリックを睨んだ。
「ジルお兄ちゃん、アルドリックさんはそれだけで私達を解放しようとしてくれているよ。……ですよね?」
「ああ、降参だ。でも君と話せた事はとても有意義で楽しかったよ。……本当に困らせるつもりはなかったんだ。悪かったね」
「…………」
ジルヴァラはしばらく黙ってアルドリックを睨んだままだったが、ぼそりと「見終わったらすぐに帰るぞ」と念を押すのを忘れなかった。
「ありがとう!」
ティウは思わず満面の笑みで、にこーっと笑ってしまった。ティウの喜びようにアルドリックは笑い、ジルヴァラは少しふて腐れた顔をしている。
ジルヴァラは、ティウの喜ぶ顔に弱いらしい。
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