サキュバスの誘惑テクニック

近所に住むサキュバスのお姉さんから、宅飲みに誘われた。見かければ挨拶する程度の関係であり、仲が良いという訳でもない。むしろ自分は種族格差に怯えて警戒しつつ意識的に距離を置いていたので、笑顔で誘われ驚いた。とはいえ、サキュバスからの誘われたのだから、男ならば断る筈がない。多少の恐怖はありつつも、しっかりと身体を綺麗にして、期待感に胸を膨らませながら指定された時間にサキュバス宅のチャイムを鳴らした。これから、どんなことをされてしまうのだろうと、ドキドキが止まらない。


「あ〜…。ごめんね?そういう気で、誘ったんじゃないよ?一人で飲むの寂しかったし、この機会に仲良くなれたらいいなって思って…」


完全にその気でいる自分を見て、サキュバスは苦笑しながら言う。スケベ心を見透かされ、顔から火が出そうなくらいに恥ずかしかった。種族に対する偏見だったのだと思い至り、申し訳なさから謝罪する。だがサキュバスは「いいのいいの♡人間から見たサキュバスって、そんな感じだよね?♡ちょっと悲しいけど、仕方ないって♡」と笑って許してくれた。笑顔に救われながらも、羞恥心と自己嫌悪が凄まじい。このまま飲む気分でもないので、日を改めたいと申し出た。


「え〜?いいじゃん、飲もうよ♡私、気にしてないからさ…♡」


豊満な身体を惜しげもなく押し付け、腕を絡めて上目遣いでおねだりされる。その可愛らしくも艶やかな魔性に、やはりサキュバスなのだと感じさせられながら、頷くことしかできなかった。

サキュバスとの宅飲みではあるが、至って普通の楽しい飲みの席だった。雑談しながら酒を飲み、用意してくれたつまみを食べる。妖艶な見た目に反して意外と家庭的な料理が多く、ギャップに思わず驚きを口にした。褒めたつもりだったが、言ってすぐ後に失礼だったかもしれないと思い直す。


「ほんっと、サキュバスに対するイメージ悪いな〜♡人それぞれだし、私みたいに人間と変わんないサキュバスもいるんで〜す♡」


失礼な物言いに対しても、怒ることなく笑顔のまま。イメージとは異なる穏やかで優しいサキュバスもいるのだと話しながら実感させられていき、緊張が解けていく。純粋に、近所に住んでいるお姉さんとの宅飲みが、楽しくなってきた。

だが、サキュバス然りとした雰囲気も、随所で感じさせられる。特にスキンシップが多く、ドキドキしてしまう。手をにぎにぎ、内腿をスリスリ、頭をなでなで。頻繁に抱きしめられ、耳に軽くキスされる。ただ、口調はいつも通りなままではあるが酔っているだけかもしれず、サキュバス特有のスキンシップなのかは判断がつかない。膝の上に座らされて肩に何度もキスマークまでつけられと時には、流石に過度なイチャつきだと感じた。それでもサキュバスは穏やかに微笑んでおり、真愛だけなのだと伝わってきつつ種族格差による愛玩なのかもしれないと思わされる。

しかし、しなだれ身体を預けられ、上目遣いで潤んだ瞳を向けられながら顎をゆっくりと撫でられてしまい、心臓の鼓動が一気に早まる。明らかに、誘われている。このまま関係を進めたいと態度で示す、無言の誘惑であると確信する。生唾を飲み、誘惑に応える言葉を口にしようとしたが、遮るようにサキュバスから言われた。


「眠くなっちゃった…♡今日はもう、解散してもいい?♡」


またもや、勘違いしてしまった。眠いだけの女性に色気を感じてしまったのだと恥ずかしくなり、誤魔化すように、そうっすね楽しかったっすと早口で言って帰り支度をする。仲良くなれたことは嬉しいが、先走った感情ばかりで恥ずかしくなるばかりであり、行き場のない火照りで悶々とするばかり。何かされた訳でもないのに、サキュバスに対して人間のオスは弱過ぎると自覚させられた。サキュバスお姉さんには絶対に勝てないと、わからされる宅飲みだった。

眠そうな目を擦りながらも、家の前まで見送りに出てくれる。「楽しかったぁ♡また飲もうねぇ♡」と欠伸をするお姉さんにすら、ムラっとしてしまう。ただ仲良くなりたくて呼んでくれた女性に欲情してしまった事実に、情けなさく思ってしまう。イメージしていたサキュバスよりも、万年発情期の人間の方が恥ずかしい。醜態を晒してしまったことが恥ずかしく、だがそのことについて詳しく言葉にする程の勇気は湧かず、ただすみませんと謝りうなだれる。これでは、何を謝られてるのかもお姉さんは分からないだろう。やはり、言葉を返されず無言の時間が流れる。目を合わせないように俯いていたが、居た堪れなくなりチラリとお姉さんを見る。

サキュバスは、妖しく嗤っていた。


「また、誘うね?♡次も、その気で来てい〜からね♡わかった…?♡」


囁かれる。心を読まれている、身体の火照りを手玉に取られていると教えられる。悶々とした感情を抱かれ受け入れられながら、最後の一線は越えずやんわりと拒まれている様な感覚。芽生えた興奮は持続させられ続けるのだと予感しつつも、これが恋の始まりなのかもしれないと心と身体が熱くなる。もっと関係を進展させたいと、次を期待して頷き返す。

ただ誘い、無理やりに貪り喰うだけではつまらない。食欲を満たすだけでは、すぐに人間は壊れてしまう。焦らし弄び依存させ、身も心もゆっくりと蕩けさせて、恋愛だと勘違いさせる。長く食事を楽しむ為に時間をかけて籠絡する、サキュバスが用いる狩りのテクニックの話。

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