第4話
週明け、昼休み。
「__きさん。佐伯さん。」
控えめに肩をゆすられ、目を覚ます。寝ぼけ眼に顔を上げると、見覚えのあるクラスメイトが傍に居た。人が良さそうで大人しく、昼休みは三人グループでいる小柄な子。これといって関わりはないが、つるんでいるメンバーとのデコボコ具合で何となく印象に残っている。
丸メガネにおさげを結わえた時代錯誤のデカ女と、一軍から凋落した熱血ガール。私の脳内イメージでは、牛とチワワとヒヨコちゃん。
もしこの学校を舞台に物語が描かれるとすれば、きっとこの三人を中心に様々なドタバタコメディが繰り広げられることだろう。
牛とチワワとヒヨコちゃん。なんだかブレーメンの音楽隊みたいだ。アレは確か、馬と、犬と、ねこと、にわとりと……。
そうだ、ねこ……ねこが足りない……。
「まって佐伯さん、寝ないで……。」
「ああ、ごめん……。で、ヒヨコちゃんが私に何の用でしょう。」
「ひ、ヒヨコちゃん?」
「違う、間違えた……。そう、夢みてたの。ヒヨコ鑑定士の夢……。」
寝起きとはいえ、我ながら妙な言い訳をしてしまった。仕切り直し、改めて要件を聞く。
「起こしちゃってごめんね。寝てるからって言ったんだけどね、どうしてもって言うから……。」
ヒヨコちゃんはそう言って、困ったように出入り口の方へ目をやった。
視線を追う。カラスと目が合う。
「居留守……。」
「むりだよお……。」
それもそうかと、渋々席を立つ。私の昼寝を邪魔しやがって。あれほど分かりやすく拒絶してやったと言うのに。
「今度は何。」
不機嫌を前面に押し出し、問い掛ける。
「お昼、一緒にどうかしらと思って。」
字平は全く動じる様子を見せず、弁当が入っているであろう小さな包みを掲げた。
「もう食べ終わりました。」
「嘘よ。早すぎるわ。」
「残念、本当です。」
ポケットから黄色いパッケージを取り出し、振ってみせる。
昼は大抵、栄養補給のショートブレッドかパウチのゼリーで済ませてしまう。購買の混雑に身を投じるだなんて想像するだけで疲れてしまうし、自分で弁当を拵えるのはさらに面倒くさい。
「では、私はお昼寝なので……。」
欠伸を噛み殺し、踵を返す。字平はまたもや私の手を取り、引き止めた。身を乗り出したせいでバランスを崩し、咄嗟にドア枠を掴む。
屋上はピッキングしてまで入るくせ、他クラスには入らないのか。振り払う訳にもゆかず、仕方なく向き直る。字平は私を逃がすまいと手を握ったままでいた。
「じゃあ、明日は?」
「……私、食より睡眠を重視するタイプだから。」
「じゃ、じゃあ__放課後はどう?ほんの少しでもいいの。お話したいわ。」
のらりくらりと躱せばよいものを、なおも食い下がる無遠慮に、少しだけ苛立ちが勝ってしまった。
「__あのね、字平さん。」
自然と声が低くなる。掴まれた手を伝い、字平が身を固くしたのがわかった。
「確かに私はひとりで居るけど、誰もがその状況に不満を持っているわけじゃないの。字平さんには私が同類に見えているのかもしれないけれど、私は現状に満足してるわけ。」
「ちがっ、私、そんなんじゃ__」
「いいから聞いて。お話したいんでしょ?つまりね、この際言葉を選ばずに言えば、字平さんはすごく鬱陶しい。私が退屈を持て余しているように見えるのかもしれないけど、私には私のリズムがあるの。乱されるのは、とても不愉快。」
静寂。背中に痛いほど視線を感じる。こうなるから嫌なのだ。あれだけ態度に表したのだから、察するのだって優しさだ。コイツは、私にとって優しくなかった。そして、私も優しくない。相性の問題だと割り切ってもらう他ないのだ。
「もう良いでしょ、私はこういう奴なの。だからひとりで、それに満足してる。わかったら__。」
「__う!」
字平は、突然奇声を上げた。身体の横でぎゅっと拳を握り、私の手も一緒に締めつけられる。
「鬱陶しがられてることなんて、私だって、わ、わかってるわ。でも、それじゃあ、これきり終わっちゃうじゃない!わ、私は__。」
途切れ途切れに言葉を紡ぐ。震える喉を抑えつけ、無理やり絞り出すように。
いっそう強く握り締めあげられ、やや痛み始めた手に何かが触れる。視線を落とすと、雫が手の甲を流れ、床へと滴るのが見えた。
「わ、私だって、きっ、嫌われてることくらいっ、わかって__!」
カラスは、込み上げるように一層声をうわずらせた。廊下を歩く生徒は立ち止まり、他クラスからも野次馬が顔を覗かせる。静寂はひそひそ話に変わり、ざわめきは見る間に伝播してゆく。
そして、その中心にいるのは__私達だった。
『あきらちゃんが泣かせた……。』
居たたまれず、字平の手を引き教室を離れる。
__いーけないんだ、いけないんだ。せーんせいに、言ってやろ……。
いつかの不快なメロディが脳裏にリフレインし、歯噛みする。悪者になるのはいつも私だ。仲良しはいい事で、ひとりぼっちは良くないこと。『仲直りの握手をしましょう』だなんて言われたって、ありもしない仲をどう直せというのか。
汚れの詰まった黒い爪。涙と鼻水で汚れた手。赤ら顔と青っ鼻。無邪気ほど悍ましいものはない……。
絡みつく視線を振り切るように廊下を突っ切り、苛立ち任せに階段を上がる。足は無意識に屋上へと向かっていた。
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