第5話 わたしはあかるく、かのじょはくらく
「じゃ、あとの十分間は自由にしてていいぞー」
手でメガホンを作って、先生が自由時間の始まりを宣言した。
えーみじかい、みじかーい!とか、もちょっと長くできないのー?とか、クラスの子達がぱらぱらと奔放な声を挙げたけれど、先生はそれを意にも介さないで、そんなこと言ってるひまあったら、ささっと遊べ―!、という至極もっともな言葉でもって場を制した。わたしも急がないと。
「月乃は遊ばないのー?」
「うん、ちょっとね…」
きゃーきゃーと愉快そうな声の飛び交っているのからは背を向けて、結衣のありがたいお誘いを断ったことに後ろ髪を引かれる思いを抱えながらも、ちゃぷちゃぷと水の抵抗を受けながらプールの中を歩いて横切っていく。
「体調、わるかったの?」
日陰で、コンクリートの段の上に腰かけていた羽畑さんに、そっと話しかけた。
別に今どうしても話さなきゃいけないわけじゃない。でも、いつもと違って悄然として見えた彼女のことが、ずっと気にかかっていて仕方がなかった。
「ん?ううん。そういうんじゃないの」
羽畑さんはふるふるとかぶりを振った。その仕草すらもどこか弱弱しく、しんどい思いを抱えているのを見せまいと努めているような感じがする。
「そっか…ざんねん」
紺色をした水着からは、羽畑さんのほの白い手足が覗いている。見るからにすべすべしていそうな彼女の肌は、運動部の子達の日に焼けた、快活な印象を与える浅黒な肌とはまるで違う。でも不健康そうな印象を与えるのでもなくて。
「え?」
「ああ…いや、えと、一緒に遊べなくって残念だったなって!」
羽畑さんが眉を寄せて、私の言葉に怪訝な表情を浮かべてみせたから、私は急いで自分の気持ちの一端を吐露しなければならなくなった。
ぽたぽたと、水滴が私の体から散って、空高くから注がれる陽射しの下にも、羽畑さんの領分みたいになっている陰の世界の方にも、いくつも小さな黒い染みを作った。
「そう?でもね…。あ、ていうか、こっちきなよ」
ぽんぽんと、羽畑さんが細長い長方形をしたコンクリートの空いているところを叩いて、私の座るためのスペースを開けてくれる。
ありがとう、と言って、隣に座って、より間近で見て思った。
ぐっしょりと濃紺の色に濡れた私の水着と、彼女の一つの染みもなくって、乾いてつやつやとした水着。彼女の姿を真正面からじっと見据えて、侵しがたい気持ちと、私とおんなじようになって欲しいという気持ちとが、同時に沸き立って、苦しくなる。
「泳ぐのもきらい?」
体の外に出たがって、たまらなくなる気持ちをなんとか押し込めて、平静を装ってぽつりと尋ねた。
「んー。どうだろ?でも、嫌いじゃなかった、はず。たぶん」
顎にほそ長い指を押し当てて、じっと考え込むようにしながら、羽畑さんもぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「だったらさ、夏休みになったら一緒に、プールに行って練習しようよ。市民プールみたいなとこ、駅の近くにあったでしょ?」
肩と肩が触れ合うかというところまで距離を詰めて、だめでもともと、聞いてみた。ほんの一瞬、私のお誘いを聞いて羽畑さんは表情を曇らせるような仕草こそみせたけれど、すぐさま、ぱっと顔を明るくして、
「うん!いこ」
と、返事してくれた。
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