ヒロイン失格10 ~バレンタイン当日~
2月14日晴れ、気温1度。
その日は朝から教室がなんとなく落ち着かない。
女子たちはいくつかのグループに別れて、ひそひそ話をしている。
男子たちは落ち着いた振りをしながらも、どこかソワソワしているのが見て取れる。
「はぁ~い、あんた達、さっさと席につきなさ~い。朝礼の時間よ~、う~っ、しばれるなぁ」
飯野先生が、両手をほっぺたに擦りつけながら教室に入ってきた。
「起立、礼、着席」
毎朝の決まりの挨拶の号令を済ませ、私は真っ直ぐに背筋を伸ばす。
昨日はぜんっぜん眠れなかった。
遅くまでお母さんと一緒にチョコレートの型取りをしていたからってこともある。
でも、単純に緊張して眠れなかったのだ。
身体は重いし、頭もボーっとしている。
でも、そんなの関係ない。
私は今日、伝える。
京くんに“好きです”と伝えます。
これまでの私の中でもっとも気に入っている顔と態度と言葉でね。
だから、神さま、少しだけ勇気をください。
この震え続ける身体を一瞬でいいから、私の意のままに使わせてください。
背筋を糺した姿勢で、まっすぐに黒板を見据え、両の耳で先生の言葉を一言一句聞き取りながら、私の頭の中は真っ白だった。
「ねぇ、蓮華、あんた誰かにチョコ渡すの?」
昼休み、給食を食べ終え食器を片付けていた私に梶原さんが話しかけてきた。
おかっぱ頭の可愛らしい人だ。
「え?」
食器籠へ器を戻そうとしていたところで指先がツルンと滑る。
カラン。
器を床に落ちて、乾いた音が教室に鳴り響いた。
し~~ん。
辺りが静まり返っている。
あ、あれ?
何となく教室の皆が私に注目しているのは気のせいだろうか?
今、声を出せば教室の隅々にまで響き渡る気がする。
カタン。
教室の後ろの掃除用具入れの中で、ほうきが倒れ、柄が横壁にぶつかる音がした。
普段は聞き取ることが出来ないくらいに小さな音なのに、今は聞こえる。
スゥ、ハァ、スゥ、ハァ。
私は呼吸の音すら、皆に聞かれているのではないかと感じた。
居心地の悪い空気に押されるままに、私は梶原さんの質問に答える。
「え、まぁ。え~と、そりゃあ……ね?」
何が「ね?」なのだろう。
自分で言っておきながら、変だと思った。
でもこんな返事になってしまったのは、その話題を私に振って欲しくないからだ。
私は誰にも知られることなく、そっとコトを済ませたい。
しぃ~ん。
辺りは静まり返ったまま。
「アッハ、蓮華やっぱあんたも渡すんだ~」
梶原さんに背中をバンバンと叩かれる。
「えぇっとじゃあ、蓮華が誰に渡すか当ててあげよっか?」
ニヤりと意地悪な笑みを浮かべている。
「……う」
私は言葉を詰まらせる。
まさか、梶原さんに好きな人を知られているとは思えない。
でももしもバレていたらどうしよう?
突然の不安に息苦しくなる。
このまま皆の前でバレたらまずい。
「じゃ~ん! 琴野蓮華さんがぁ~、チョコをぉ~、渡すのわぁ~」
わざとらしい、ゆっくりとした喋り方。
私は焦った。
「え、え?」
いや、ちょっと待って!
慌てる私をよそに、梶原さんは教室中に声を響かせた。
「須藤君でぇ~すっ!」
ズルっ……。
私は思わず後ろ向きにズッコケそうになる。
いや、ちがうちがう。
呆れた顔で手の平をパタパタと振る。
「へ?!」
すると、教室の端っこにいた須藤君がびっくり仰天している。
「梶原さん、もう!」
私は困った顔で彼女を睨む。
でもその瞬間、私は固まった。
……。
先程落とした給食の器は、まだ教室の床でひっくり返ったまま。
私は器を拾い上げることもできずに、その場に立ち尽くした。
梶原さんは、言葉で伝えることが難しいほどに複雑な表情をしていた。
楽しそうな顔なのに、それを壊さないよう、悟られないよう、密かに泣いている。
うまくは言えないけれど、そんな表情なのだ。
……。
しまった。
私は気づく。
私は梶原さんの好きな人を知っている。
そっか……。
彼女は敢えて“私の好きな人が須藤君”だと告げたのだ。
その後の須藤君の反応を見ることで、須藤君の好きな人が“私以外であること”を確認したかったんだ。
梶原さんは須藤君のことが好き。
彼女も私と同じように一人で想い悩み、悩んだ末に今日を迎えていたんだ。
緊張していたはずだ。
授業など耳にすら入らなかったはずだ。
それなのに、その想いが今、この場所で踏み躙られたんだ。
須藤君はずっと私のことを見つめている。
その表情を見れば、彼が誰を好きでいるのかなんて皆気づく。
“想いは届かない”
残酷に横たわるその結論が、梶原さんの心の中できっと吹き荒れている。
彼女は苦しい気持ちを必死に笑顔で隠している。
背中をポンと叩けば、その場にガラガラと崩れ落ちてしまうだろう。
チョコを誰に渡すのか?
そう聞かれた時、私は「誰にも渡さない」と答えるべきだった。
そうすれば、梶原さんの次の言葉を封じ込めたかもしれない。
須藤君があんな反応を返すこともなかった。
彼女も辛い思いをせずに済んだ。
でも……。
……。
辛い思いをせずに済む?
本当だろうか?
……。
違う。
違うよ。
須藤君が梶原さんからの告白を断ってしまえば、いずれは辛い痛みが訪れた。
だって須藤君はいつも私のことばかりを見つめている。
私は彼の気持ちに気づいている。
梶原さんが須藤君のことを気にしていることだって知っている。
でも、私は二人の気持ちに気づかない振りをした。
だって梶原さんにも須藤君にも私は興味が無かったから。
……。
私は途端に不安になった。
自分の心の中の、とても醜い部分を覗き込んだ気がした。
「頑張ってね、蓮華……」
梶原さんは笑いながら呟くと、寂しそうに自分の席に戻っていった。
床に落とした食器を拾い上げると、残りの食器を片付けてから、誰とも会話することなく自席につく。
普段は喧騒の溢れる教室が、今日ばかりはシンと静かだった。
京君はどこに行ったのだろう、教室に姿はなかった。
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「蓮華のステータス」
1,命の残り時間 :5年間と5か月(前回から4か月と1週間を消費)
2,主人公へ向けた想い :初恋レベル
3,希望 :★★★☆☆
4,得意分野 :思い込み
5,不得意分野 :梶原さんの気持ち
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