ヒロイン失格9 ~お風呂で練習~

かぽん、こん



湯船の中に、かろうじて鼻から息が出来る程度まで深くつかると、ふぅ~とため息を漏らす。


「バレンタインデーかぁ……」


チョコレートを作ることにはしたものの、私、本当に渡せるんだろうか?

この日に、チョコレートを渡すのは相手に好きだと告白することに等しい。

いつ、どういうタイミングで、何と話しかけて渡せばいいんだろう……。

その一部始終を想像すればするほど、身体がギュッと固くなる。


そもそも、最初はなんと声かければ良いのかも分からない。

頭の中で想像しながら、その時のやり取りを練習してみる。

湯船につかったまま、放課後の場面を思い描く。

彼が教室に一人残っていて、ランドセルに教科書を詰め込んでいるところだ。

そこで、背中越しに話しかけてみる。


「あ、あの京くん、今ひま?」


う~ん。

なんか「ひま?」って聞き方はすごく失礼な気がする。

ひまって聞く時って、相手が“暇だ”と答えてくれることを当たり前に思ってしまっている。

ウザイって思われるかも……。


こんな話かけ方じゃダメだ。

恥ずかしさをちゃんと我慢して伝えなきゃ。

湯船の中で両手をぎゅっとする。

失敗は許されない。


「あの、京くん、……ちょっと、いいかな?」


駄目。

いいかなって私何様?


「あ、あの、京くん、……お話したいコトがあるんだけれど、今、ちょっといいかな?」


う~ん、まだ駄目。


「あ、あの、京くん……お話したいことがあるんだけれど、もしよかったら、一緒に、帰ってもらえないかな?」


う~ん60点。


こぽり。

顔を半分まで湯船につける。

ほっぺが赤い。身体が火照って熱い。

湯あたりだろうか?


「京くん……好き」


かぁっっ!!

ただでも火照った身体とほっぺたが一気に茹で上がる。


「やっぱだめぇっ~~! 好きなんか言えないっ! 絶対に言えないっ!」


湯船の中で茹でダコになった私は、ザバァと音をさせて立ち上がる。

お湯の蒸気が満ちているお風呂場は、お湯から出ても暑いままだ。

私は、タイルの上に座ると、膝を抱えてため息をついた。

「はぁ~」

お湯から出たばかりの身体から湯気が立ち昇る。

白い小さな粒たちは、私の不安が漏れ出したかのように、ユラユラと室内を揺蕩う(たゆたう)。


世の中に恋人たちはきっとたくさんいる。

元恋人だったお父さんやお母さんみたいな人たちもいっぱいいる。仲良くなった後だったら、みんな平気で“好き”とか“愛している”とか言うのだろう。

でも……。


そんな気軽に言い合える前はどうなんだろう?

まだ他人同士だった時から恋人の関係になる瞬間って、きっと“好き”という言葉がお互いの口で交わされたはずだよね。

それは、どんなに慣れ親しんだ恋人同士でも必ず通った、ちょっぴり恥ずかしい儀式のはずだ。

私は再び湯船につかると、顔を半分までお湯に沈めた。


「びんば、ぶぼいばぁ……(みんなすごいなぁ)」


こぽこぽ。

湯船につかったままの口元から気泡を漏らす。

初めての告白のイメージは、私にとってとても敷居が高く、恥ずかしく、でもとっても尊く、気品に満ちていた。

「チョコレート、ちゃんと受け取ってもらえるかなぁ」


はぁ~。

湯船越しに漏らしたため息は、水気をたらふく纏って、湯船の外の冷たいタイルに吸い込まれて消える。



☆-----☆-----☆-----☆-----


「蓮華のステータス」

1,残り時間      :5年間と5か月

2,主人公へ向けた想い :初恋レベル

3,希望        :★★★★☆

4,得意分野      :変化なし

5,不得意分野     :変化なし


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