第6話 そのカタナ

白夜くんの出した轟音は鳴り響いた後、暗がりの空を青く晴らした。


「や、やった…のかな…?」


灯織が息を整えながら呟いた、その時。

カラン…と小さな音を立てて、白夜の手から刀の柄が滑り落ちる。

それと同時に白夜くんは地に膝をつき、崩れ落ちた。


「白夜くん…!?」


そばにかけよると、意識はまだあるようで苦しそうに息をしていた。しかし、白夜の周りには薄黒い霧がまとわりついていた。


「はぁ、っ…!! 刀がぁっ!!」


絶望する白夜くんの目の前には、粉々になった刀身があちこちに散らばっていた。

しかし彼の腰には、もう一本の刀がささっていた。


「でも、刀はまだ」


聞こうとしたその瞬間、私の言葉を遮った。


「これで終わりですか……?」


ゆったりと揺れるような影が、ふらりと立ち上がる。


(まだ動けるの…!?)

「さっき出した影の使徒が、まだ残っていたんだ、その影が、ダーゲンの身代わりをしたっ…!」

精神の牢獄メンタルプリズン


彼の大技によって刀は折れ、その上影の使徒たちの瘴気がまとわりつき、動けなくなってしまった白夜。戦えるのは私だけだ。そう気づいた瞬間、足が小さく震え始める。


(止まって、止まってっ…!)


めをぎゅっと閉じ、足を叩きながら念じる。


(こんなところで、だめ、終われない、帰って、ばあちゃんの元に帰って…っ。)


祖母の顔を思い出すと、自然と涙が流れてくる。


(おばあちゃんに、会いたい…!)


ダーゲンが杖を構える。白夜は震える灯織を見て彼女に向かって叫ぶ。


「灯織っ、これは、相手の技だから!」


しかしそんな白夜の叫びも、灯織にはもう届かなくなっていた。


(誰か、助けて…っ)

「いでよ! 影の使徒アポストル・オブ・シャドウズ!」


その時、灯織の杖が淡く暖かく輝き始めた。


(お母さんの、形見のフルート…。なんだか温かい…。)


暖かく心が包まれたように、不安になっていた感情も消えていく。彼女の目に決意が宿る。


(お母さん、少しだけ、私に勇気を貸して!)

「こんな所で終わらない…! 奏光の調べ!」


灯織が杖を掲げ、フルートのように息を吹き込むと、杖から美しい光の波動が広がる。波動は黒い影を弾き飛ばし、白夜の体を覆っていた瘴気も一瞬で消え去った。


「な…んだ…この力は…!?」


ダーゲンが驚きの声を上げる。


「私の魔術が、出せない!?」

「光の…!」


と、ダーゲンが焦っている今のうちに続けて技を繰り出そうとしたが、上手く出てこなくなってしまった。


「どうして…? どうして!?」


焦り始める灯織をよそ、白夜は安堵したかのように笑った。


「灯織は、力を、使いすぎたんだ。でも、もう大丈夫そうだよ。」


白夜がそう言うと遠くからの声が、小さくもちゃんと伝わるように耳に届いた。


「お前ら、よく頑張った。」


赤髪の、深緑の和服を纏った男が、腰の刀を抜いて、素早くダーゲンに構えた。


蒼焔神龍そうえんしんりゅう。」


刃に集まる神々しささえ感じてしまう蒼い炎が、まるで天を突くような、空を覆い尽くすような龍を現した。

風の力でその体を空中に舞わせながら猛然と暴れ、蒼い龍はダーゲンに向かって突進。

その勢いは大地をも揺るがし、無数の炎の爪が嵐のように襲いかかる。

轟音が響き渡り、ダーゲンの姿は消え去る。静寂が戻り、灯織と白夜は荒い息をつきながらその場に立ち尽くした。


「ははっ…!全く…!」


物凄いものを見てしまったと驚く灯織の横で、嬉しそうにその場で倒れ込む白夜。


「なっ、何あれ!? あんな遠くから…!?」

「ね、凄いでしょ。僕の師匠は。」


灯織は白夜に手を差し伸べ、彼を立ち上がらせると微笑んだ。


「なんだか悔しい。次こそは二人でやってやろう、白夜君。」

「……まあ、手伝ってやるよ。」


白夜は顔をそむけながらも頷く。そこでようやく浅葱さんが、私たちの元に辿り着いた。


「大丈夫だったか!」

「うん、師匠が来てくれたから。」


と、浅葱さんの前では素直な様子の白夜。


「嬢ちゃんも白夜もボロボロじゃないか、早く手当しよう。」


と、浅葱は白夜を背中に背負った。

さっきまではあんな強い技を撃って、とても強くて自信満々な人に見えたけど、白夜が怪我しているのを見て心配している所は、なんだかお父さんという感じがして、灯織は少し温かくなった。


「あはは、安心したら、なんだか、疲れが…。」


崩れ落ちる灯織をしっかりと受け止めたのは、白椿鬼だった。


「おう、遅いぞ白椿鬼。」

「お前が走り出してしまうからじゃ。あの程度ならお前一人で十分じゃろ。」

「そんな事ねぇよ。白夜と嬢ちゃんがこんなに傷ついてまで頑張って弱らせてくれたおかげさ。」

「もう環の力を使い切ったのか、こやつは。」

「いや、嬢ちゃんはまだ、環を持ってないだろ。」

「…そういえばそうじゃった。」


その言葉を聞いた白夜は、眠る灯織の顔をはっと見た。

環の力がない中、自分の力だけであそこまでダーゲンを追い詰めていたのだ。


環は、持ち主の力を増幅させるもので、それが無ければ戦えないこともないが、自分自身の力のみで戦うのはとてもきついことなのだ。


なんだか疲れて笑えてきてしまう。白夜も安心したのか、浅葱の背中で眠ってしまった。


───────ソレカラソレカラ───────


あの後、師匠の背中で眠ってしまったものの、不安に襲われて目が覚めてしまった。

身体中には乱雑に包帯が巻かれていて、師匠の手先の不器用さになんだか気持ちが温かくなる。

その嬉しさに、自分の身体に巻かれた包帯を愛おしく撫でた。


風が通りすぎ、草木が揺れる。その音すらも敏感に捉えてしまうほど、今の白夜には戦う力がなかった。

腰にささった二本の刀に目をやり、その内の一本を抜いた。その刀身は僕の出した技に耐えきれず、粉々に散ってしまっていた。


師匠にもらった、初めての刀。あれから大体十二年くらいだろうか。今までよく耐えていてくれた方だと思う。


白夜は夜空を見上げる。月はもうすぐ満ち、世は素敵な満月の日を迎えるだろう。

だからこそ、白夜の心は不安でいっぱいだった。その日までに、自分を守るための武器を持っていなければいけなかったから。


白夜は刀身の欠けた刀の柄を近くの木の根元に突き刺し、もう一本の刀を抜いた。

その刀の刀身は禍々しい光を纏い、輝いていた。

雷の環を持つ白夜は、闇の環で動く刀を扱うことが出来なかったのだ。


「妖刀、鬼狂…。」


刀の名前を呼ぶと、共鳴したかのようにその刀が少しだけ光った気がした。


この刀を一度使ってみようともしたことがあったが、その時の意識はない。

危ないからとその刀を使うことを師匠にも止められていた。

だけど、これは師匠からあの刀を貰う前から、僕の産まれる前から与えられていた僕のお守りだ。


「起きたのか。具合は───」


師匠がいた。心配そうにこちらを見て、僕の体調を気遣う。


「腕の出血がまだ少し止まっていないみたいだな、巻くか。」

「うん。」


僕は包帯を取り出した師匠に従って腕をつきだす。


「別に僕たちだけでも、なんとかできたのに。」


灯織が悔しいと言っていたあの言葉を、実は心の中で僕も持っていた。


「あんな所で膝ついてたくせにか。」

「だって、ダーゲンが闇の環を使って僕の動きを封じてきたから。」

「灯織は初戦闘だってのに、ここらで一番強いやつと当たっちまったな。いずれで会うとは思っていたけど。」

「そうなの?」

「まあ、白夜はここには最近来たばっかりだし、知らないことも多いか。そういえば、俺たちはここに来たばかりなのに白椿鬼はなんで俺の居場所が分かったんだろうな?」


巻きながら考え事をする師匠に、僕はひとつ疑問を投げる。


「僕が生まれてから十七年、白椿鬼なんて知り合いがいたの知らなかった。師匠は昔を語りたがらないけど、あの人とはどんな関係だったの。」


踏み込みすぎているかもしれない。いつもみたく、はぐらかされるかもしれない。それでもどうしても聞きたかった。


「そりゃ、俺はお前よか何十年も生きてるんだからお前の知らないことのひとつやふたつあるだろうよ。」


と、師匠は笑いながら言った。


「そうだけどっ…、でも」


確かにその通りなのだが、僕の知らない師匠を知っていそうなあの精霊に、僕は嫉妬していたのだ。


「白椿鬼なぁ…。あいつとは、昔一緒に旅をしてたのさ。長い長い旅をな。」

「旅? 今の僕たちみたいに?」

「ああ、そうだな。俺がまだ若かった頃、鬼龍仁みたく、強い剣豪になりたくて故郷を出たんだ。その先で出会った奴だな。」

「鬼龍仁…。」


一昔前の剣豪の名だ。鬼族出身の、誰もが知る最強の剣士だった。


「でも、師匠は別に剣豪になりたかったわけじゃないって、前に言ってなかった?」

「そうだな! 今は剣豪とか言われてて少しむず痒い感じがする。故郷を出た頃は剣豪になりたかったけど、色々守らなきゃいけねぇもんができてな。剣豪よりもかっこいいものさ。」


包帯を巻き終えた師匠は、嬉しそうにニカッと笑って僕の頭をぽんぽんとたたいた。


「だけど、昔からの夢くらい昔の自分の為に叶えてやりたくて、昔考えていた自分の流派ってやつを広めてぇんだ。」

「だから、僕たちに浅葱流を教えてくれたんだね。」

「そうだ! 俺が考えた浅葱流…かっこいいだろ?」


僕と一緒に修行していた姉さんや兄さんも、浅葱流を習得して師匠の元を離れた。僕も奥義さえ習得出来れば後は完璧だった。


「…あと、白夜。」

「なに?」

「灯織とは仲良くするんだぞ。」

「なに? 急に。そんなの分かってるよ。」


そうか、と安堵の笑みを浮かべると、師匠は頭の包帯に目をやった。


「さて、頭の包帯も変えるか。頭に傷作っちまうなんて、ダーゲンは何したんだ?」

「えーっと…いや、実は…」


──────────


二人の仲良さそうな話し声で目を覚ます。真っ暗になってしまった夜空と寒さに身体を震わせ、声のする方をそっと覗いてみた。

浅葱さんと白夜君がそこにいて、彼の頭に包帯を巻いているところだった。


「しかしなー白夜。情けねぇなあ。まだ慣れねぇのか?」

「慣れる慣れないとかの次元じゃないもん。嫌いなもんは嫌いだもん。」

「そんなに気持ち悪いかねぇ?」

「当たり前! ほんっと忌々しいよ。」

「はっはっは」


浅葱さんは白夜の頭に包帯を巻きながら、からかうように笑っていた。


「さて、そこのお嬢ちゃん。隠れてないでまざろうぜ。」

「えっ!」

(バレてた…。)

「こ…ぉはようございます?」


夜なのでおはようと言うべきなのかこんばんはと言うべきなのか迷って変な言葉が出てしまった。


「おはよ! よく眠れたか?」

「はい、すみません寝かせてもらって。」

「さ、腹減ったろ、嬢ちゃんも食べな。」


焚き火のそばで焼いていた棒に刺さった魚を浅葱さんが渡した。


「熱いから気をつけろよ〜。」


何もしてない私がもらうのは少しためらうが、気にするなと言いそうな浅葱さんの性格をよんで、丁寧にお礼を言う。


「ん〜おいしい。」


ただ焼いただけの簡単な食べ物なのにどうしてこんなに美味しいのだろうと不思議に思う。


「嬢ちゃん、今日はよく頑張ってくれたよ、ありがとうな。初めてなのに環の力も無しに技を出せてたんだろ? 嬢ちゃんは今日一日で沢山成長できたんだろうな。」


浅葱さんは白椿鬼と違ってたくさん褒めてくれるので、自己肯定感が上がる。


「さ、今日は疲れただろう、起きたばかりだが、ちゃんと体を休めよう。変な時間に起こしちまってすまなかったな。」


包帯を巻き終え立ち上がる白夜くんに、そうだ!と浅葱さんは今思いついたかのように話し始めた。


「嬢ちゃん、明日は白夜とほむらに行ってもらう。」

「ほむら…?」

「え!聞いてないよ!」


いつの間にか浅葱さんの後ろに立ち、とても驚いたような声を出す白夜君。


「刀、折れただろ? 灯織に紹介する奴は、俺の友人で柳っていう刀鍛冶だ。環の鍛冶も任せることが出来るからな。都合いいだろ?」

「そりゃあ……そうだけど……。」


言葉を濁す白夜君。なんだかそこまで拒否されると傷つくのだが。


「じゃあ今日はもう遅い。体を休めるんだ。明日柳のところに向かってくれ、な?」

「はい…。」


私は浅葱さんに用意してもらった薄い藁のベットで眠る事にした。


──────────


これは夢なのか? はたまた白昼夢のようなものなのか?


幻想的な花畑。

そこに、母親らしき人物に待っていてと言われる少女。

母親がいなくなってしまったことに不安で泣きながら、一人で座り込んでいた。


『見た事ないけど、君どこの子?』


見上げると、少女より少し背の高い銀髪の少年がいた。

少女は泣きながら自分のことを話し始めた。


『わたし、わたしっ、日向灯織。』

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