第5話 そのマジュツ

「よーし、嬢ちゃんは初めてで疲れただろうしとりあえず修行はここまでにして、昼飯にしよう!」


浅葱さんが勢いよく言うと、白夜はどこからかバケツを取ってきて


「それじゃ師匠、いつもの採ってくる。」


と言った。


「灯織もついてゆけ。妾は浅葱と話があるのでな、ここで待っておる。」

「えっ、えぇ?」


二人で話さなきゃならない話なら邪魔できないと、私はとりあえず白夜君の後を追う。


「何しに行くの?」

「魚。」

「魚? …あ、魚とりにいくのね。」


(この世界は自給自足の精神なのね。)


二人の間に沈黙が流れる。いたたまれなくなった私は、その沈黙を破るように話を振る。


「あー、えっと、白夜君はあの荒地に住んでるの?」

「違う。」

「じゃあどこか目指してたりするの?」

「別に。」

「それで浅葱さんと一緒に生活してるってこと?」

「そう。」


また沈黙が流れる。白夜君は私と会話をする気がなさそうだった。


───────ソレカラソレカラ───────


私が話を振ってはすぐ沈黙が流れ、また話を振って…と繰り返した後、私は思い出したかのように話を切り出した。


「あの、えーっと。その、ごめん、ね。」

「は? 何が。」

「最初、勘違いで付け回したり、勢いに任せて話し続けたりして。」

「…別に。」

「その、不快にさせたかなって思って、言いたかったんだけど、タイミングなくて。」

「そうだね、相当不快だったね。」

「うわわ、ほんとにごめんね。」

「もういいよ、謝ってくれたなら。」

「え! あ、うん…! ありがとう。」

「僕は極力人と話したくないだけで、君が言ってくれたこと嬉しくないわけじゃなかったから。」


嬉しくないわけじゃない、言葉が複雑で読み解くのに少し時間がかかったが、気づいた時私は白夜の顔をぱっ見た。


「何?」

「え? ツンデレなのかなって」

「は?」

「あ、えっ! ごめ、また変なこと言った。気にしないで。」


沈黙の中、私はずっと自分の行動に反省しながら歩いていた。ずーっと歩いて歩いて、後を付いてきた先にあったのは綺麗な河原。

冬の川はやはり冷たい。

しかし冬でも魚はいるもんで、少ないその魚たちを素手で捕まえる。


「うわぁっ」

「へったくそ。」

「は、初めてだもん。」

「よ、いっしょ。っと。こうやるの。」


白夜は説明してやってくれるが、灯織は同じ行動をしても捕まえられない。

白夜はひょいひょいと捕まえてバケツの中に放り込む。

灯織は捕まえては逃がし、捕まえては逃がしを繰り返す。


「あぁぁ、また逃がしちゃった…。」

「いいよもう、君は木になってる果物でも取ってきてよ。」

「は、はい。」


灯織はてきとーに食べられそうな赤い果物を近くの林から探す。


(これ、りんごっぽい? あーでもまだ青いからやめとこ…。)


灯織は、その果物を手にいっぱい詰め込み白夜のいた場所へ戻る。


「そんなに見つけたの?」

「うん、食べれるかは分かんないけど。」

「まあ大丈夫そうだね。というか、君魚も捕まえられないなんて、一体今までどうやって生きてきたの?」

「魚釣る時は釣り竿を使ってたよ。」

「つりざお?」

「ええっと、棒に糸つけて、その先に魚の餌付けるの」

「なんだそれ。変な国だな。手で取った方が早そ。」

「ま、まあ確かに…。」

「魚の餌ってなんなの?」

「えっとねー。」


ふと灯織は白夜の肩にとまるソレに気がついた


「それ。」


白夜の肩を指をさして笑う灯織。白夜は自身の肩を覗く。


「ひっ。」


裏返ったような声が響く。白夜は魚の入ったバケツを持ったまま固まった。


「ん? びゃく…」


ガシャーン!


そんな音がして、白夜が倒れる。


「えっ!? ちょ、大丈夫!?」


バケツはひっくり返り、中の魚は小石の上でぴちぴちと跳ねる。

灯織は白夜のその状態に慌てて彼の胸に耳を当てた。

その音を聞いて安心したのか、彼の後頭部からの出血を見て自身の服を巻き付ける。

あまり清潔ではない巻き付けた自身の服をぎゅーっと引っ張る。

思いのほか、血はすぐ止まった。寒さで体を震わせながら白夜が起きるのを待った。


(まさかこんな弱点があるなんてね。)


元凶の虫を鷲掴みすると、そのまま思いっきり遠くへ投げた。

白椿鬼もいないし、帰り道の分からない灯織は白夜が起きるのを待つしか無かった。

甘い世界で生きてきた灯織には、火の起こし方も知らない。灯織は小さく震え続けた。


───────ソレカラソレカラ──────


「はっ!!」


白夜は飛び起きる。自分の状況を確認するように、辺りを見回した。

そばには薄着で眠る灯織の姿があった。白夜は慌てて自分の肌着を被せる。


「あー、だっさ。笑えないな。」


頭に巻かれた彼女の服を解くと、血の跡が滲んでおり、自身の情けなさに少し恥ずかしさを覚える。


「……。」


灯織の無事を確かめようと近寄ったその時。

辺りがざわざわと騒ぎだし、灯織と僕の間に、小さな竜巻が現れる。

砂埃が舞い、目に入らないように腕をかぶせて目を閉じる。

その一瞬の出来事だった。

目を開けた時には、既にそこに人の影があった。

背中だけでもわかる、大男だった。


「……。」

「!?」


そいつは、僕に見向きもせず、呑気に眠っている灯織の顔をじっくりと覗いた。


「誰だ!」


素早く刀を抜き、そのまま背中に切りつけたが、それはいとも簡単に避けられてしまった。


「それは私のセリフですね。」


振り向いたその男は、騎士のような鎧を全身にまとっているものの、刀ではなく僕と同じくらいの大きさの杖を片手で持っていた。

彼はぬっと体を乗り出し、僕の腰に目をやった。


「不思議な力を感じる…その刀はどこで手に入れたのですか?」


それは僕の持つ二本目の刀だった。この刀は師匠がお守りと言って肌身離さず持つように言っている刀だ。そして、とある魂の宿っている刀。


「答える気は無い、と。ふっ。」


震える足で体を支えて、しっかりと刀を構える。


「っお前、誰だよ。」

「妖術師ダーゲンと言えば聞いたことはありましょう?」

「妖術師…?」


そういえば、前に師匠から聞いた気がする。この辺りに変な妖術を扱う妖術師が出るとかなんとか。その当時は師匠の作り話か何かと思っていたが、まさか本当にいるとは思わなかった。


「お前は私の下僕にしてあげます。がしかし…彼女は力になりそうもないですね。生娘は若さに良いと聞くし、そのまま頂きましょう。」

「は、?」


男が杖を振りかざし、灯織に向かって杖を降ろそうとしたその刹那、灯織のそばに回って刀でその杖を振り払う。


「なにを、する気だ!」

「全く、弱々しいその刀で一体何ができるというのでしょう。」

「っ雷撃閃光!!」


雷のような一閃で炸裂する一撃を打ち込み、なんとか男を灯織の傍から離す。


「はっ…はぁ…っ。」


呼吸が浅くなる、心臓の音がうるさいくらいに早い。


「…? 白夜君!?」


目を擦りながら、灯織が目を覚ました。灯織の目の前には、僕とその男が立っている。


「灯織、逃げろっ!!!」


僕は精一杯の声で、灯織の頭に叫ぶ。


「えっ、え?」

「早く! 師匠の元へ!」

「わ、わかったっ!」


灯織は僕の肌着を持ったまま、駆け足で逃げていく。


「ふふ、逃がしたつもりですか? 」


するとその男は、走り去る灯織をいとも簡単に捕まえた。


「灯織っ!」

「あ…が…」


首を掴まれ息苦しそうに悶える灯織の姿を見て、助けなきゃという気持ちが膨れ上がる。


「っ灯織を離せ…! 雷霆っ!!」


男の腕に向かってその一撃を放つ。その衝撃で、男は灯織を手放す。


「灯織!!!」


灯織のそばにかけより、安否を確かめる。


「大丈夫!?」

「ゲホッ、ゲホッ…だ、だい、じょぶ。」


また男に向かって斬りかかる。

灯織は立ち上がると、フルートを取り出し素早く杖に変身させた。


「くっくっく。二人がかりで適うと思うのですか。」

「いち、にー、さん、しっ!」

「疾風迅雷!」

妖魔の盾デーモンウォール。」


男の前に張られた壁に技がぶち当たり、全てとはね返ってきた。


「きゃあっ!」

「灯織!」


僕は技がはね返ってきた時の対処法なんて今まで何度もやってきたことがあったけど、初めて杖を触った灯織は為す術なく食らっていた。


「いでよ、影の使徒アポストル・オブ・シャドウズ!」


すると地面から影のようなものが浮かび上がり、それは人の形を模して襲いかかる。


「雷鳴っ…」

死の触手ヴェラノクス。」


地面から生えてきた触手が白夜の体に触れる度に、力が抜けていく感覚に陥る。

奴の出した使徒を全員倒す頃にはもう、白夜は立てなくなっていた。


「白夜く…」

「灯織、技をっ、あいつに!」


心配する灯織を止めるように、手のひらを灯織に向ける。

刀を地に突き刺し、ふらつきの中なんとか立ち上がる。


「言葉を、言うんだ、唱えて!」

「と、となえる!?」

「早く!」


灯織は恥ずかしさを振り切るように頭を振ると、焦りながらもステップを踏み出した。

灯織がステップを踏み出すのを確認すると、白夜は刀を構えた。


「ええっとっ! た、魂の調べっ!」

「紫電一閃!」


白夜は灯織の技に合わせて同時に技を撃ち込んだ。


妖魔の盾デーモンウォール。」


しかし激しい衝突音と共に、二人の技は妖術師ダーゲンの張った壁に阻まれてしまった。

巨大な壁はひび一つ入らず、ダーゲンの口元には余裕の笑みが浮かぶ。


「愚かな。私の力を侮るとどうなるか教えて差し上げましょうか!」


ダーゲンが杖を掲げると、壁から黒い霧のようなものが漏れ出し、形を変えて二人に迫る。それは蛇のようにうねり、灯織と白夜の周囲を取り囲む。


「まずはそちらの彼女からいただきましょうか。」


ダーゲンが冷たく言い放つと、黒い霧が灯織に向かって飛びかかった。


「灯織!!!」


白夜は咄嗟に灯織の前に立ち、霧を刀で切り裂こうとするが、霧は刃をすり抜けて彼の腕に絡みつき、力を奪い始める。


「くっ…こいつ…!」


既に体力を奪われていた白夜の顔に苦悶の表情が浮かぶ。

体が徐々に重くなり、膝が地面に沈む。


日蝕槍エクスプリスランサー!」


男の作り出した真っ黒な闇が、一瞬で灯織とダーゲンのみを飲み込むように覆う。

灯織は自分で上手く戦わなければ、と思うものの、初めて戦う敵、そして辺りの真っ暗な闇に初めて死を間近に感じてしまう。その恐怖の感情で身体を抑え込まれて動けなくなった灯織を前に、余裕に微笑むダーゲン。


「はっ、は、はぁ、はぁっ、」


呼吸が浅くなっていく。視界が揺らぐ。周りには白椿鬼や白夜もいない。


「チェックメイトです!」


その瞬間、闇は壮大な槍に変わり、灯織を目掛けて発射する。


「灯織っ!」


立ち上がることさえ辛くなっていた白夜だが、全ての力を振り絞って、灯織の元へ走り出し技を放った。


「雷轟破ァ!!!!」


白夜がそう叫ぶと、暗くなった空に雷雲がたちこめ、巨大な雷の刃が白夜の刀目掛けて降り注ぐ。

刀の周りにまとわりついた雷は、青白い光となって放射状に広がった。

攻撃の余波で白夜の足元の地面もひび割れ、雷光が視界を支配する。

一撃が終わるとそこには刀身のない刀の柄と、その場に立ち尽くす白夜の姿があった。

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