第4話 そのケンゴウ

はぁっ……はぁ……っはぁ……


あの男の子を見失わないために、一生懸命走った。肺が死にそうなほどに。

もしかしたら天界について何か知ってるかもしれない、もしかしたら白椿鬼の言っていた人を知ってるかもしれない。

そんな小さな思いを抱えながら、私は彼を追いかけていた。

川を渡り、少し先のところで、地面が乾燥している場所に出た。


(地面が干からびてる。ここら辺は雨降らないのかな。)


ふぅ、と、呼吸を落ち着かせてまた彼を追う。

少し歩いていると広大な荒地に出た。

辺りには怪物の骨がばらばらに転がっていて、大きな顔の骨もあれば、小さな腕の骨まで様々だ。

すると、男の子はその広大な荒地の中の、一番デカイであろう怪物の顔の骨の前に立った。

その怪物の骨は、顎の部分が埋まっていて、口が大きく開いている。

少年はその口の中に入っていった。

私はそーっと近づいて、中を見ようとした。その瞬間。

ヒュッと音がして、刃物が私の頬をかする。頬からは血がだらだらと出る。

私はその刃物が落ちた方向へ顔を向けた。


「さがれ灯織!!!!!!!!!!」


遠くから叫ぶような声がしたその刹那、耳をつんざく様な高音こうおんが交じり合う。


キィィィィィィィィィン


「っ!」


思わず耳を押さえる。交じり合ったそれは、私のすぐ後ろで鳴っていた。

彼の刀が、宙に浮いた白椿鬼の出したであろう氷の刃と混じりあっていた。


「っ!?」

「いい度胸だね、僕の後ろをつけてくるなんて。君は一体何がしたいの? ほんとうにおかしいんじゃないの。」


すると奥から現れた赤髪の男性が、彼の肩に振れ、刀をおろせと言わんばかりに首を横に振った。

彼はその人の顔を見て渋々と刀を鞘にしまった。

赤髪の男性は、煙管きせるを片手に白椿鬼を見て笑う。


「よお白椿鬼。久しぶりだな。」


深緑ふかみどりの和服に身を包み、胸元を大々的に開けている。

そこからはぱっきりと割れた筋肉が見え隠れする。

腰には一本だけ刀を挿していて、ニッと白い歯を見せて笑うと、赤髪の人は私の顔を覗きこんで言った。


「お〜、これまた美人さんを連れてきたもんだな。俺は浅葱あさぎ右京うきょうじょうちゃん、名前は?」

「あっ、えっと、日向ひなた灯織ひおりですっ!」

「はっはっは! 元気だな!」

浅葱あさぎ、そいつは誰じゃ。」

「こいつは俺の弟子。白夜だ。」


浅葱は嬉しそうに白夜の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。

白夜は恥ずかしそうに浅葱のその手をどけた。


「白夜くんって言うんだ! 素敵な名前だね。」

「なんだ白夜。もう仲良しなのか?」

「ちがっ! 誤解させるようなこと言わないでよ!」


白夜はキッと振り向き、睨みつけて私に憤る。


(確かに、何か勘違いしてつけまわしていたなら不快な思いをさせただろうし、謝らなきゃかも…。)


浅葱あさぎさんは、はっはっは! と楽しそうに笑う。


「えっと、浅葱さん! はじめまして。」

「チッ。」


軽く舌打ちが聞こえた。と思ったらその音の主が早口で責めるように放った。


「剣豪、浅葱右京。まさか知らないの?」

「け、けんごう?」

「こらこら白夜。自分の価値観を人に押し付けるな。すまんな嬢ちゃん。というか、白夜になんか用だったのか?」

「あっ、いや多分私の勘違いで…。だ、だよね白椿鬼!」


私は白椿鬼に助けを求めるように話を振った。


「用があるのは妾じゃ。浅葱あさぎ、お前にな。」

「俺か?」

「天界への行き方じゃ。教えろ。」

「天界への行き方って……そりゃ、いつか話さなかったか? お前さんは物忘れがはげし」

「な ん か 言 っ た か ?」

「お前さんらしいねえ。」


真顔で詰め寄られている浅葱は、また楽しそうに笑う。

しかし隣の白夜びゃくや君はひるんでいる。

これが普通の反応なのだろうと灯織は頷いた。


「おや、嬢ちゃん珍しいなあ。能力がないなんて。」

「は? 能力がない?」


白夜くんが不思議そうな顔をした。


「そういえば、じょうちゃんはこのリングが欲しいんだろ?」


浅葱さんは自分の髪をかきあげて耳を見せた。その耳には赤いピアスが二つぶら下がっている。


(白椿鬼の腕輪だけじゃなくてこんな風にもアレンジできるんだ。)

「できるの?」

「似たことならできるかもな。この世界で生き抜くためにもその力は必要だ。嬢ちゃんは…何だこの能力、凄く分かりにくいな。」

「妾も思ったところじゃ。」


浅葱さんと白椿鬼は私の顔をじっと見つめながら言う。


「お前何者?」


白椿鬼と浅葱さんが二人で話しているところをよそに、白夜くんが話しかけてくる。


「師匠のことも知らない、能力のことも知らない、なんなら環を身につけてすらいない。その上能力は見たこと無い色してる。ほんとうにこの世界で生きてきた人?」


そう言われると何も言えなくなってしまう。別の世界から来ただなんで混乱されること言って説明するのも面倒だし、なんて返せばいいのだろうか。


「え、えーっと…」

「さて。じゃあ今日は少し修行をしようか。な、嬢ちゃん!」


と、私に微笑みかける。


「おい、浅葱! 天界の話は」

「そう焦るなって、天界に行くためにもこの嬢ちゃんに力をつけなければいけないだろ? 少しくらい俺が修行してやる。」

「は!? ちょ、何言ってるんですか師匠! まさかこんな奴師匠の弟子にする気ですか!?」

「弟子にする気はなかったけど…なるか?」

「えっ」

「嫌、絶対嫌!」

「じゃあ白夜も手伝ってくれな。」

「あー!もう! 師匠はいつもこれなんだから!」


白夜はイラつきながらも素直に浅葱さんの言葉に従っていた。


「嬢ちゃん、俺は恐らく君の能力は音と光なんじゃないかと思うんだ。」

「音と、光?」


光の魔力とかなんか強そう!そう喜んでいたのもつかの間、私の意図を察したかのように白椿鬼が遮った。


「光の能力はこの世に存在する能力の中で最も力の弱く、範囲がせまいのじゃ。」

「ええっ、弱くて、狭いの……?」

「できることが少ないと言った方が分かりやすいかの。」

「そんなこと言ってやるなよ、光の能力だって何か出来るかもしれないだろ? だから気にするな。」


浅葱さんは少し落ち込んだ私を庇うように慰めてくれた。


「そうじゃ、灯織のフルートを返そう。このフルートを使って音の能力を使うといい。」

「ほう! フルートなんて持ってたのか。」


と、浅葱さんが見せてくれと言ってそのフルートに触れた所で、顔を顰めた。


「……? まさかこれ」


と、浅葱さんはフルートの握り方を変えた。その瞬間、フルートは光をまとって細長い姿をみせた。


「え!? 私のフルートは!?」


母と父の大切な形見を、変な杖に変えられてしまった。

しかし、浅葱さんがまた握り方を変えると、それは元のフルートの姿に戻った。


「私のフルート!」


私は浅葱さんの元にかけより、そのフルートの傷や汚れを確認した。


(よかった、私のフルートだ。)


ほっとして浅葱さんを見ると、なんだか神妙な顔をしていた。


「なあ白椿鬼」

「これは妾が灯織に与えたものじゃ。一時的に預かっていてな。」


浅葱さんの声を遮るようにハッキリと言うと、浅葱はそうだったのか、と何か納得した様子だった。


「嬢ちゃんすまないな、驚かせてしまって。でもこれは妖精族の武器だな。知らなかったのか。」

「ようせい…?」

「灯織は遥か遠くの田舎生まれでな。あまりこの世界の様子をしらないのじゃ。」


白椿鬼はそう言いながら私の唇に指を押し当てた。


(余計なことは喋るなってことね…。)


私は浅葱さんからフルートを受け取ると、杖に変身させてみたくて私もぎゅっと握ってみる。


(杖になれ杖になれ杖になれ杖になれ)


心の中で早口で唱えると、フルートは先程の杖に変身した。


(おー!すごい!! めっちゃかっこいい〜!)


さっきは驚いてよく見ていなかったが、杖は私よりも少し大きいくらいで、フルートと同じ銀色。杖の先端には大きな円と、その円にぶら下がるようにグラスベルが備わっていて、振ってみると静かにリン、と音を鳴らす。

そして、そのグラスベルが太陽の光にさらされる度、光が揺らめいてオーロラのような幻想的な輝きをまとう。

私のフルートと同じような、花の模様が細かく刻まれていた。


「綺麗じゃな。」

「白椿鬼、これ知ってた?」

「まあな。」

「じゃあ教えてよ!!」

「忘れておった。」


(白椿鬼ってほんと何歳なんだろ、見た目若そうなくせにこういう所でババア力発揮するよね…。)


「貴様失礼なことを考えていそうじゃな。」

「そんなことないもーん。」


すると浅葱さんがその杖を見て、感心したように言った。


「お前さんの割には随分綺麗に保管していたんだな。このフルート。」

「…まあな。」


浅葱さんは、まるで昔のフルートを知っているかのような口ぶりだった。


(でも、このフルートは私が小さい頃から持ってるし、もちろん浅葱さんと出会ったこともないのに。)


「ねえ、君さ、あの精霊と一緒にいるんでしょ。師匠との関係何か知らないの?」


と、白夜がイラついた様子で話しかけてきた。


「私もよくしらない…。白夜くんも知らないんだね。」

「うん。僕だって赤子の頃から師匠と一緒にいるし、大抵の事はなんでもしってるけど、白椿鬼の存在は初めて聞いたよ。」


(…なんか師匠マウント取られてる気がするのだけど。)


「さて、それじゃあとりあえずその杖で練習してみようか。」


浅葱さんが私に笑いかけてくれたが、その横で白夜が物凄い怖い顔をしている気がした。


「まずは白夜、灯織の前に立っていてくれ。先に武器の使い方からやるから待っててな。」


私を少し遠くから見守るように白椿鬼と白夜が立っていた。


「俺は妖精の武器は使ったこと無いんだが、昔の知人が使っていたのを見てるから少しくらい教えられると思うんだよな。」


浅葱さんは虚空をみつめながら何か数を数えているようだった。


「そいつも音の能力だったんだが、そいつが言うには踊るように杖を振るんだとか。」

「踊るように?」

「ステップを踏むのさ。こう、いち、にー、さん、と言ったようにな。」


浅葱さんが何度もそのステップを踏んで、私はそのステップを真似する。

いちで右足を前に出し、にーで左足を前に出し、さんで右回転しながら杖を持つ右手を前につきだす。

足がもつれそうになったり、手首が上手く前につき出せなかったりして上手くできない。

でも何度も同じ事を繰り返す度、スムーズに踊るように舞うように、軽やかにステップが踏めるようになった。


「俺の知ってるそいつは、そのステップの先を自分で踏んでいたよ。」

「このステップの先? まだあるんだ…。」

「そいつは戦う時いつも楽しそうに踊るように戦っていたよ。とっても美しかったな。」

「そうなんだ…! 私もそんなふうになりたいな。」


私はそのまま、ステップを踏んで、その先のステップはどうやったら綺麗になるかを考えてみる。

体の思うように動かしてみるが、想像力が足らず上手く動かせない。


(これじゃあなんか変かな…。ならこっち?)


右足を前に出したり、左足を後ろに下げたり、杖を回転させながら振ってみたりと、なんだか楽しい。

こうやって体を動かしていると、ほんとうに踊っているような気分になった


「そんな感じだな! そのまま杖先に思いを込めて固まった力を放出するようにやってみるんだ。」

「放出…?」

「はー、なにこれ、初心者かよ。」


白夜くんは悪態をつきながらめんどくさそうに見ている。


「たまった、力を、放出…。」


私はステップを踏みながら、目を閉じてグッと力を込めてみるが、上手くいかない。

何度やってもできず、段々焦りが出始めて、今度は足がもつれ始めた。


「あっ」


転んでしまいそうになったが、上手く体幹で持ちこたえて、もう一度ゆっくりステップを踏んでみる。

しかし、何度挑戦しようと私の力は発揮されない。


「ステップは綺麗なのにな。」

「数年を使っていなかったからと言って無くなることはないと思うのじゃが。」

「能力使えない奴なんて初めて見たけど。」


私は3人の話し声も聞こえないくらいに集中してしまっていた。


(なんで出来ないの、なんで、だって、これじゃ元の世界に帰れない、早く感覚を掴まないと、早く)


すると誰かにに肩を掴まる感覚に陥る。はっとして後ろを振り返ると、浅葱さんが安心していいんだと言わんばかりの表情で立っていた。


「力まなくていいんだ。何事も出来ないことからはじまるんだからな。ステップをふむ時は踊るように、踊るってのは舞うように、舞うってのは軽やかに。妖精族は小柄で音楽好きな種族だ。そいつらを思い浮かべて、そいつらはどんな風に踊っているのか考えてみろ、嬢ちゃんならできるさ。」


妖精族なんてみたことないよと叫びたくなる気持ちを抑えて、想像の中の妖精が踊る時はどんな風に踊るのか考えてみる。

羽が生えていて、小柄で、体重も軽くて、そんな妖精たちは楽しげに踊る。


(私もその妖精の輪の中で踊ってみたい)


そうしてまたステップを踏む。今度はさっきと違って少し気持ちが楽だ。


いち、にー、さん、よんっ


4歩目のステップを、気持ちに任せて踏んでみたその時、杖の先から何かが放たれた。


「わっ」


まばゆい光を放ったそれは、すぐに地に落ちて消えてしまったが、確かに私の杖の先から放たれたものだった。


「できたー!!」


私は嬉しくてその場で跳ねていた。浅葱さんはよくやったなと言わんばかりに私の頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。

目の端で白夜が物凄い形相をしていた事に私は気づかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る