第9.5話

迅の背を見送るアイリスは一人、先程の出来事を思い出し横腹を撫でる


「・・・ふふ、いいわぁ」


既に傷は塞がれ、美しく白い肌に跡はない、だが思い出すだけで笑みがこぼれる

生物としては同じ人間、だがこの世界に生まれた時から人間の理から離れ、人外と言っていい力を持っているアイリス

アイリスに傷を付けれる存在はいるにはいる。だがそれは自分と同じような存在だけだった、純粋な人間でありながら自分に傷をつけたのは迅だけだ、初めての感情、喜び、興奮し、そして未だに高鳴る鼓動に酔いし頬を赤く染める


「本当・・・ふふ・・・」


それはまるで恋をしているかのよう、実際そうなのかもしれない・・・故に・・・


「彼、もらっていいかしら?」


アイリスは誰かに聞くように、そう呟く。

すると恰も最初からいたかのようにアイリスの目の前に現れた、美しい金髪と赫い瞳、病的に白い肌をした女性

そう、リーリスが座り、不機嫌そうな表情をみせていた


「いいわけないでしょ」


「ふふ、そう言うと思ったわ・・・でも貴女のものでもないでしょ?」


正論、そして挑発を含んだアイリスの言葉にリーリスはさらに表情を険しくする


「彼、凄いわぁ・・・貴女が気に入るのも分かる。便利すぎる現代に染まりすぎているけど時代が違えば英雄、救世主と持て囃されるような存在。そして私たちのような存在に驚き、恐怖し、絶対に勝てないと、そして私たちに遊ばれているのが分かっていながらも最後まで足掻き、楽しませてくれる。なんて素敵で、可愛いのかしら」


まるで母が自分の子供のことを言うように、恋人のことを自慢するような甘い言葉を語っていくアイリスにリーリスはイライラし、それを隠そうとせず舌打ちをする

そんな状況でもアイリスの語りは止まらない


「そして遊び戦いが終わったら、心の中ではいろいろな感情があるけど何事もなかったかのように私たち化物と普通に会話している。彼、分かっているのかしら?・・・その異常性に」


「・・・」


そう、迅は異常だ。リーリスとアイリスに傷をつけられ、殺されかけた、だというのに事が終われば何事もなかったかのように、今まで自分を瀕死に追い込んだ相手と普通に会話している。なんなら拘束こそあったものの一緒に食事までした。

死ぬ覚悟はありながら死にたいわけじゃない、感情が乏しいわけでも無いわけではない、なのに迅は平然とそうしている。

狩人が化物と普通に会話しているのだ


「今までいなかった、私たちを憎悪や崇拝の対象ではなく、一つの個として見て、接している・・・だから彼が欲しい・・・飼いならすのだめね、最初は偶に会ってプラトニックに、彼から求められれば、そうねぇ・・・ふふ」


「・・・ッチ!!」


すでに付き合ったつもりで一人喋っているアイリスに大きな舌打ちをしながら自分の失態を悔やむ、言いふらしてしまったのが運の尽き、そしてこれからもアイリスと同じような表情を見せてしまう可能性がある知人たちを想像するだけで反吐が出る同族嫌悪


共有するつもりなんて微塵もない、あれは私のものだ


「彼は私のよ」


「そう、じゃあ競争ね」


リーリスの宣言にアイリスは余裕の笑みで返すが、不思議と背後に見えるのは龍と虎の幻影。一触即発の空気を醸していた


「はぁ・・・じゃあまたね」


「ええ、また・・・あ、そうそう」


リーリスはため息をつきその場を後にしようと立ち上がろうとしたときアイリスが何か思い出したのか呼び止めた


「なに?」


「彼に念のために保険をかけておいたわ、もしかしたら次会うのがワンちゃんか引き籠りちゃんかもしれないし・・・ほら?あの子達って、手加減って苦手じゃない?もしかしたら・・・ね?」


そう告げたアイリスの表情は実に愉しげで、まるで一歩リードと言わんばかりの顔だ。そんな顔を向けられているリーリスは不機嫌に舌打ちをし、店を後にした。

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