第9話

再び始まった戦いのゴングを鳴らしたのはアイリス、剣を構え迅に向かって駆ける。

迅はそれに合わせ剣と鞘を振り、挟み剣を受けると両者再び剣を振る

地面が割れ、空気が啼くようなそんな漫画みたいなものはない、ただただ金属がぶつかり合い音をたて火花を散らし、アイリスは笑い、迅は無言で睨む

鞘での疑似的な二刀流という事もあり手数で攻める迅に対しアイリスは1本の剣だけでそれを捌く。


「はぁ!」


だが迅は攻め続ける、少しでもこの状況を打破するために、だがいくら攻めようともアイリスの剣は一本だけ迅の剣は捌かれ、鞘は避けられ空を叩く

そしてどれほど時間がたち、打ち合っただろうか

状況が変わり始めた


「っ!」


初めて迅の攻撃がアイリスの横腹に当たった、アイリスはすぐさま迅から距離を取り、当たったところを撫でる。

深く斬られたわけではない、剣先がかすった程度、だが服は裂けその隙間から見える白い柔肌を血が穢し、傷を作っていた


「・・・くふ」


傷口に触れた指を見るとそこにはべっとりと血がついている、それを見るとアイリスは口元を歪め、笑いだす


「あは、あははははははは!!」


そんなアイリスに迅は不気味さを感じ思わず後ずさりをしてしまう。

徐々にアイリスの笑い声はなくなり、迅を見つめる、その眼を迅は知っている。

あの日、あの夜、迅を見た、リーリスと同じ

愛おしそうに妖艶で、だが狂気的な、捕食者が獲物を見る眼だ

アイリスがゆっくりとまるで散歩をしているかのように迅に近づいてくる

迅は武器を構えながら近づいてくるアイリスを睨む、だが・・・


「っ!?」


突如としてアイリスの姿は消え、そして背中に当たる柔らかいもの、なにより自分を拘束する白い肌をした腕


「捕まえた」


脳を溶かすかのように甘く響く声が耳元で囁かれる、その瞬間迅の全身には寒気が走り、恐怖する

そう、迅は後ろからアイリスに抱きしめられているのだ

クスクスと笑いながらさらに抱きつき、柔らかくたわわな胸は潰れ、形を変える。

美人に抱きつかれるという、男なら誰しもが羨む状況、これが先程まで戦っていた者ではなければの話だが


「クソッ、離せ!!」


迅はアイリスの拘束から抜け出そうと体を動かす。だがそんなことをしても無駄だと言うのかアイリスの抱擁は強くなり、さらには


「っな!?」


迅の首に当たる生暖かく湿った感触、アイリスは迅のうなじに唇をつける

何が起きているか、頭がパンクし目を大きくさせ、動きを止めてしまった迅にアイリスは構わず、強く吸い続け、痕を付ける


「ふふ」


ようやく終えたのか唇を外し拘束を解くと微笑み迅から離れていく。その表情は満足気だ

拘束が解け、正気に戻った迅はその場から勢いよく飛び、うなじに手を当て、顔を赤く染めながらアイリスの剣を向ける


「はぁ・・・はぁ・・・なんなんだよ!何がしたいんだよ!?」


羞恥心を隠すため声を荒げる迅に対して、それを面白そうに見るアイリスは剣を杖に変えると地面を叩く

するとあたりの景色は変わり、アイリスと食事をしていた飲食店に戻っており、迅とアイリスは座っている


「・・・は?」


状況の理解が出来ず、思わず間抜けな声を出す。まるで今までの事が夢だったかのようにアイリスと食事をしていた時の様に椅子に座り、テーブルには食べ終えた食器が置かれている。

だが夢ではない、現に目の前のアイリスは少女の姿ではなく、大人の女性の姿、そして壁側に立てかけられているアイリスから渡された剣

迅は思わず立ち上がり周りを見るが、その様子を店内の客は訝し気に見ている


「やめなさい、今は何もしていないんだから不審者に見られるわよ?」


アイリスはくすくすと笑いながら迅を見る。恥ずかしさはない、だが今のこの状況に対するほうが大きく、不機嫌になりながら座りなおす


「それで、なんなんだよ。今までのは」


「どういうもこういうもないわ、最初から貴方のことを殺すつもりなんてなかった、でもあの災厄リーリスが楽しそうに喋る人間なんてそうはいなかったからちょっと見たかったのだけよ」


その言葉に迅はため息をつく、それしかできなかった

分かりきっていた事だ、リーリスと同じ、人間を遥か凌駕する存在にとって今までの死ぬ気の攻防は単なるお遊び、考えるだけ無駄なのだ

再び長く深いため息をつくと迅は伝票を持って立ち上がる


「あら?もう帰るの?」


「あぁ・・・もう目的は果たしたんだろ・・・帰らせてくれ」


「そう・・・それじゃあ、いずれまた」


迅はその言葉に振り返らず、レジに向かい会計を済ませるとそのまま店を出る。

時間はまだ正午を過ぎたばかり、天気も良く、出かけるにはいい日だろう

だが迅はわき目もふらず、自宅に戻る

安寧と安息を得るために

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