第2話 新しい婚約者のところに着いた
あれから長いこと馬車に揺られていた。
おそらく、もうかなりの日数が経っているだろう。
俺は必要最低限しか外に出ることを許されなかったので正確な日時はわかっていない。
王都を出るとすぐに馬車を変えられて、そこから今に至るまで日差しを遮った窓のない馬車に永遠と詰め込まれていたのだ。
「おい、もうちょっとで目的地に着くぞ」
久々に人の声を聴いた。
声の主は俺を新たな婚約者の領地まで送ってくれる御者のおじさん。
彼がこの旅で俺の唯一の会話相手。
だって、同行していた護衛の騎士たちは全員後ろの馬車に乗ってしまっているから。
「えっと、いま外はどんな感じなんだ?」
「だまれ。お前とは話さない」
「またそんなこと言って……ずいぶんと冷たいな。少しくらい、話し相手になってくれたっていいだろ?ずっと、ひとりで暇なんだ」
「会話は必要最低限にせよと命が下されている。だから、いたずらに口を開くな。だまれ、殺すぞ」
「えぇ…」
もう一度言う。彼がこの旅で俺の唯一の会話相手。
しかし、残念ながら一度たりとてその会話が成立したことがない。
再び、沈黙に包まれ馬の蹄が地面を叩く音とガラガラと馬車のタイヤが回る音だけがこの場を支配する。
数日間ずっと聞いてきた音。
もう聞き飽きたまである。
だが、もう少しでこの音ともお別れだ。
だって、新たな婚約者の領地がすぐそばまで迫っているから。
ランパーグ侯爵家。
それが婿入りすることになる家。
婿入りと言っても俺はまだ15歳でこの国の結婚最低年齢を満たしていないため学園卒業となる18歳までは婚約者という扱いになる。
学園卒業。
処刑台に登らせられたり、王族から追放されたりしたけど一応これ、学園が舞台になる乙女ゲームなんだよな。
俺のこれまでが波瀾万丈すぎてすっかり忘れていた。
果たしてシナリオ通りに学園に通わされるのだろうか。
出来れば、王都には帰りたくないけど。
俺の記憶が正しければ、ランパーグ侯爵家の婿養子となったとしても学園からは逃れられない。侯爵家の婚約者としての最低限の教養を身に着けるという名目で強制的に学園に通わせられるはずだ。
学園に入ってからのアレスはとても苦労していた。
当然ながら、友人なんているわけないし、罪人と同等なので生徒や教師陣からの風あたりも強い。
現実だったら不登校になってもおかしくない境遇だった。
それが1年後に待ち構えているのだから、不安だし悩みの種にもなる。
学園なんて通わずにこの領地でゆったりと過ごしたいなぁ…そうならないかなぁ…
そんな願望とも取れる気持ちを抱きながら馬車に揺られランパーグ侯爵邸に向かっていた。
◯
「おい、屋敷に着いたぞ。さっさと降りろ」
御者のおじさんにそう言われたのは、最後に会話を交わしてから随分経った頃だった。
なにがもう少しで着くだ。全然すぐ着かなかったじゃないか。
期待だけさせといて。
俺の純真を弄ぶとはいい度胸をしている。
こんな豚小屋に等しいところにずっと閉じ込められて外が恋しいのなんてわかりきっているはずなのに。
腹の中ではそう思っていたが、俺は大人だ。
こんなことで文句を言ったりなんてしない。
グッと堪えて御者のおじさんに「ここまでありがとう。感謝する」と言ったら唾を吐かれた。ごめん、殴っていいか?
ぎゅっと拳を握り締め、おじさんに左ストレートを喰らわせようか迷っていたところでちょうど屋敷から出てきた一人のロマンスグレーに話しかけられる。
「ようこそいらっしゃいました。ワタシはランパーグ家で御当主さまの執事を務めております。アルバークと申します。アレス・ローズブレード様でお間違いありませんか?」
「ああ…間違いない」
以前までは、アレス・フォン・ローズブレードだったが王族離脱と同時にフォンは取られている。このことでもう俺は王族ではないと内外に知らしめた形だ。
新たな名前でイケオジに尋ねられたので首肯する。
まあ、忠誠心のカケラもない護衛の騎士たちも後ろにぞろぞろいるし間違いようがないだろうが。
「本日は、御当主さまよりこの屋敷を案内するように仰せつかっています。さぁ…どうぞこちらへ」
未来の当主の婿ということもあり、一応口調は敬っている風を装っているが態度はその限りではない。
わかりやすく見下しており、従者としての態度ではなかった。
俺が引き取られていくのを確認すると護衛の騎士たちは王都へと帰っていく。
民がその姿を眺めているというのに喋ったり列を崩して歩いたり、もう軍としての威厳は跡形もなかった。
あぁ……数年前まではあれだけ威厳があったのに。
もう、あれは過去のものなのか。
上層部が代わった。ただそれだけのことなのに……
国の誇りが砕かれていくその瞬間を目の当たりにした。
当然ながら、心中も複雑だ。
「いつまでもそこに立っていないで早くついてきてくれませんか」
「あぁ、そうだな。すまない」
踵を返すと騎士たちは遠くに離れていく。
その姿を眺めながら俺も執事のアルバークについて行ったのだった。
ランパーグ侯爵領。首都カバリアル。
ランパーグ侯爵が最近国替でこの地に転封されたと聞いたが邸を見た感じとても綺麗に整備されていた。
あとで、領地も見に行きたいなぁ……とそんなことを考えていると先導するアルバークが足を止める。
「本日、御当主さまは王都にてお仕事をなさっているため、挨拶は後日にして頂きます。先に侯爵令嬢であらせられるクリスティーナお嬢様にお会いしていただきたく存じますが構いませんね?」
有無を言わせぬ言い方。俺がなんと答えたところで同じなので素直に頷いた。
そうすると、アルバークは再び歩き出す。
おそらく、これから向かう先は俺の新しい婚約者であるクリスティーナ嬢のところ。
以前は、アレンの婚約者だったと聞くがあの一件から婚約破棄を突きつけられたらしい。
まあ、レイシャが新たな婚約者になるのだから仕方ないと言えば仕方ないのだが。
「到着いたしました。この扉の向こう側にクリスティーナお嬢様がいらっしゃいます。くれぐれも失礼のないように」
まるで俺が下だと言わんばかりの言い草だ。
その通りなんだけどさ。
適当に頷いてドアの取っ手を握る。
しかし、引こうとしたら妙に躊躇いがあった。
うぅ……なんか、ヤダな。
だって、ゲームの設定で嫌われている+アランの元婚約者だろ?
ぜったい俺のこと恨んでいるに決まってる。
俺が王族から追放されなければ、こんなことにはならなかったわけだし。
令嬢にとって最大の誉れである王族入りを潰されたのだから、怒りを買っているのは簡単に想像できた。
やっぱなーし!!とかできないかなぁ……できないですよねすみません…
ギロリと鋭い視線を向けるアルバーク。
さっさと行けと言わんばかりの視線だった。
渋々取っ手を捻る。
このとき俺は、「部屋に入る時にはまず、ノックを…」という移動中に言われていたアルバークの忠告が頭からすっぽり抜け落ちていた。
「はぁ……」
ため息を吐きながら、ドアを開ける。
そこに待っていたのは――
「ふぇ……?」
朝日が部屋に差し込んで幻想的な空間になっているなか、メイドの一人に促されてバンザイをして着替えさせてもらっている少女がひとり。
金色の長髪は寝癖でボサボサになって、本人もそれまでは夢現状態だった。
俺がくるまでは。
「あっ……」
「きゃあああああ……!!!!?」
至極当然の反応だった。
麗しき少女の着替えを意図せずとは言え、見てしまったのだから。
すぐさま、バァン!!とドアを閉め、そのままもたれ掛かる。
やってしまった。俗に言うラッキースケベ。
現実では起こり得ないとされている空想上のイベントを。
やばい、殺される。
ぜったい恨まれてるからせめてファーストインプレッションくらいはよくしようと思ったのに。
どうしよう。大変だ。黄色だった……いや、そんなことはこの際どうでも良くて。
俺はこのあとどうしたらいい?
挽回のためにどうするか考えようとした。
だけどその前に――
「だから……あれほど、ノックをしろと……っ」
と目の前でピキピキしてるおじさまが。
おっと、俺……もう終わったかもしれない。
王族は基本的に自分で扉を開けたりはしない。
みんな側近がやってくれてるのでそのことが頭からすっぽり抜け落ちていたのだ。
「あの……えーっと……」
「お話が御座います。執務室へ」
「は…い」
結局その日は、クリスティーナ嬢との面会は叶わず。
ステキなおじさまから一日中説教されるはめになったのだった。
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今日はここまで、明日も二話投稿です。
★★★なども是非お願いします。
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