攻略成功率0.01%の裏攻略対象に転生した俺が美少女キャラたちに攻略されるわけがない

鮎瀬 

1章

第1話 気付いたら、裏攻略対象になっていた




『こんな世界でも君となら』という一大旋風を巻き起こした乙女ゲームが存在する。


通称『コンセカ』とも呼ばれるこのゲームは、平民出身の主人公――リリス・クレイがゲームの舞台である王立学園に入学することでシナリオがスタートする乙女ゲームである。


主な内容としてはリリスが学園生活を送るなかで悩める5人の攻略対象をそれぞれ救っていくことで物語が進んでいく。


攻略対象の好感度を上げながら最終的にそのうちの誰かをの攻略対象に定め、更にアタックし結ばれることでハッピーエンドを迎えるという王道ストーリーの作品だが、ここまで聞いたらどこにでもあるなんてことないただの乙女ゲーム。


あらすじを舐めただけのエアプ勢ならそういう感想を抱いても仕方ないだろう。

数多のプレイヤーを熱狂させ『コンセカ』人気作品まで押し上げた要因は他にあるのだから。


『コンセカ』を一躍有名乙女ゲームにした要因――

それは、の存在だ。


ストーリー上の悩める攻略対象を全員救い、なお且つ誰とも結ばれずに2年間学園生活を送ることでこのルートは解放される。もの好きなプレーヤーが奇跡的にこのルートの存在を発見したのだが、発見当時はワザップだなんだと大荒れになった。


しかし、他のプレイヤーも試したところ本当に存在することが判明し、世論は批判から称賛に変わったのだ。


これが『コンセカ』を人気作品へと押し上げた理由だが、注目すべき点はここからである。


なんと、その裏攻略対象は地球の知識を有している元第一王子だった。


設定としては、異世界留学と称し見聞を広めるために地球に渡っていた第一王子が王国に帰還後、彼が国王になることをよく思っていなかった貴族連中に不当に貶められ王族の身分をはく奪され、悪役令嬢の家に婿養子として嫁がされることになっている。


そこの嫁ぎ先でもぞんざいに扱われ人間不信となってしまうのだが、それは裏攻略対象ルートが解放されても変わらず、攻略しようとしても全く歯が立たないのだ。


どれだけ感動的なシチュエーションに持ち込んでも『ははっ、これがお涙頂戴展開ってやつね?くだらない』と容赦なくメタ発言をぶっこんでくる。


製作者曰く、地球に渡り知識を得た影響と極度の人間不信が引き起こした結果とのことだが、この性格が災いしてプレイヤーは大苦戦を強いられたのだ。


これまでに世に出回っている情報で言えば、攻略成功者はただ一人。

それも、証拠不確かなものである。


その話が飛躍して最近では『攻略成功率0.01%の裏攻略対象』がいるゲームと呼ばれるほど。むしろ、そっちの呼び名の方が業界内では伝わるかも知れない。


他にも丁寧な作り込みなど称賛すべきところは様々あるが、決定的な要因で言えば裏攻略対象これなのだ。


では、何故こんな話を唐突に始めたのか。

答えは目の前の姿見にある。


「やっぱり、こいつ……アレス・フォン・ローズブレイドだよな……」


目の前に写る自分を眺めながら、俺はそう呟いた。

さらさらとした黒髪、引き締まった体躯、正統派と呼ぶのに相応しい清潔感のある顔。二十代前半で既に死んだ目をしていた俺要素などひとかけらもない、美しい瞳。

間違いない。どう見ても彼だ。


今まで自分の容姿に疑問を抱いたことなんて一度もなかったはずなのに、いわゆる前世?の記憶を取り戻してからというもの、自分が自分じゃないようなそんな感覚に襲われていた。


今は、自覚してからある程度、日数が経ってるのでもう混乱はしてないがあの時の動揺っぷりはそれはもう凄まじかった。


帰還して早々見ず知らずの他人の記憶が押し寄せるように入り込んでくるあの恐怖。そこらへんのホラーゲームよりよっぽど怖かった。


本当の意味で自分というものがわからなくなったのは、後にも先にも多分これっきりだろう。


きっと、普通なら発狂して地面をのたうち回るくらいするのだろうが、この時の俺は動揺しつつも極めて冷静だった。

それは、このことが起こるという予兆めいたものを感じていたからにほかならない。


前世?の記憶を取り戻す兆候というのは割と前からあった。

年齢を重ねるごとにふとした景色や人々の名前、国の歴史などに違和感を覚えることが多くなっていったのだが、確信したのは13歳になり異世界留学で地球に渡った際である。

およそ、二年間もの留学期間があったはずなのに、それが瞬く間に終わって気づいたら15歳になっていた。原理は自分でもわかっていない。

その二年間分の記憶が入ってくるわけでもない。

ただ、一瞬で歳をとり、その分成長していたのだ。


ほどなくしてその留学から帰還し、前世の記憶が入り込んできたのだから俺の予感は当たっていたということになる。


裏攻略対象であるアレスになったり、記憶を取り戻したり。ここまでで既に結構なハードモードなのだが、アレスの苦難はまだ始まってもなかったということをここから思い知らされることになる。


アレスになってからの最大の苦難。

それはこの世界に帰還して早々に処刑台に上らされたことだ。

帰還してすぐに、臣下と思われる人たちに連行され隔離された部屋で今までどういうことがあったか――など根掘り葉掘り聞かれていたのだが、どういうわけか気付いたらこうなっていた。


『キミセカ』にはサイドストーリーで『処刑場のアレス』というものがあるのだが、その景色を見たときにこの乙女ゲームを思い出してこれまでの失態を自覚したのだ。


ヤバい、殺される……


全身から嫌な汗が吹き出しているのを感じつつ、あのサイドストーリーを思い出して物語を進めなんとか死刑を免れたが、ここ数年で一番怖い経験だったのは間違いない。


生きた心地がしないとはきっとこのことなんだろうと思った。

妹が操作する画面の向こうではこんなことが起きていたにも関わらず、俺はそれをのほほんと眺めているだけで疑問すら抱かなかった。

我ながらなんて楽観的だったのだろう。



シナリオ通りに物事が進んだことにより、今日が例の婚約者の元に送られる日だというのに、頭はずっと先日のことを考えてしまう。


もうこれは、軽いトラウマだ。


しかし、俺の心情がどうであれ、残酷にも時間は過ぎ去っていく。

そして、ついに約束の時間が訪れた。


隔離された部屋のドアを叩いて扉が開いたかと思うとそこからひょっこり顔を出してきたのは門番という名の監視役。

そいつが馬車に乗るように催促してくる。


その態度は今までと異なり尊敬の念の欠片もない。

もう王族として……いや、敬う対象として見られていないことは明らかだった。


当然、抵抗する気もない。

連行され馬車に乗り込もうとしたそのとき。


「あ、アレス様っ!!」


誰かが俺を呼び止める。

声のする方に視線を移すとそこには、高級そうなドレスに身を包んだ藍髪の少女が息を切らしながら走ってくるのが見えた。


あれは……


俺はその人物に心当たりがあった。


「も、申し訳ございません。追っ手から逃げていたら遅くなってしまいました」


そう言って、息を切らし額に滲んだ汗をハンカチで拭く少女は、レイシャ・フォン・カーメリア。

この国の公爵家ご令嬢。そして以前、俺の婚約者だった人だ。


「……レイシャ?どうしてここに?」


彼女と待ち合わせなんてした覚えがない。

処刑場を出た後はずっと部屋で隔離されていて誰とも会っていないから。


「……はぁはぁ……あ、アレス様がお城を出られるとそう耳にしましたので」


「ああ、お見送りってことか」


もう既に婚約者ではないのにどこまで律儀な子なんだろう。

だが、彼女がここにいていいのだろうか?単純にそれが心配だった。


「レイシャ、ここにいたらマズいだろ?キミの御父上は王弟派の筆頭のはずだ」


王弟派とは、内政省、王侯省の貴族を筆頭とするの陣営であり、王弟であるアルタイル公爵を担ぎ上げ、王であった父上の死後、俺が留学中にこの国の内政を牛耳っていた陣営でもある。しかも、次の後継者にはゲームの攻略対象のひとりで俺の弟であるアランを押していて、改革派と俺はすこぶる関係が悪い。


王子である俺を表立って処刑をすることは控えたが、陰で暗殺を企てているんじゃないかと噂されるほどだ。

だから、敵対勢力で目の敵にしているはずの元王子に会いに行くのはレイシャの立場からしたら相当良くないはず。

しかし、彼女からそのような懸念は見てとれない。


「……地位や陣営などそんなの関係ありません。私たちは婚約者だったはずです」


凛とした表情でレイシャは言い放つ。そこに微塵の迷いもない。


「それは、昔の話…。今はアランの婚約者のはずだ」


俺との婚約を解消したレイシャの新たな婚約者はアランだった。

陣営の筆頭貴族の令嬢が次代の国王候補の婚約者になることなんてよくある話。


「そ、それはそうですが……」


「アランの婚約者なのに他の男と逢瀬なんてしていたら、王子の顔に泥を塗ってしまう。そのことの重大さ理解してるだろ?」


「で、ですが……!」


レイシャは言い淀む。自覚しているが故に。

そうだ、お前はそれでいい。主人公がアランを攻略対象に選ばなければキミには幸せな人生が待っているのだから。

公爵令嬢——レイシャ・フォン・カーメリア。


乙女ゲーム主人公がアランを選んだ時にのみ、その行く手を阻んでくる悪役令嬢。

国のために生きるという貴族らしい性格が故に王子に必要以上に近づく平民を許せないタイプの少女だ。


俺という婚約者を失ったことで王妃として人一倍正しくあろうとして道を踏み外してしまい最後は国を敵に回して破滅する。主人公であるリリスが攻略対象としてアランを選んだ場合のみ彼女にはそんな悲しい結末が待ち受ける。


「アレス様、弁明はなさらないんですか……」


「弁明……?」


「此度の罪に対する弁明です。アレス様はずっと口を固く閉じられてきました」


俺が何故、反逆者になってしまったかというと、異世界地球知識の独占ということになっている。どういうわけか、俺というか――アレスはこちらの世界で地球のことに関しての情報を他人に伝えることができなくなっているらしい。


別にゲームの世界だし、地球の文明も中途半端に入ってるわけだから喋っちゃっても別にいいよね~と、実際に話そうとしたのだが、どういうわけか口がまったく動かない。


そのあと文字におこしてみたり色々な方法を何度か試みはしたが事態は好転せず。

きっとこれは、オリジナルも同様でアレスも伝えようと試みたができずにああなってしまったのだろう。


それでこの状況を好機と見た王弟派が知識の独占を謀り国王の椅子を簒奪しようとしているなどあらぬ疑いをかけて、俺——アレスを罪人に仕立て上げたということだ。

つまり、弁明もなにも俺にはどうすることもできない。


「言わない方がいい……そう判断しただけ」


話したくても喋れないからこう言う他ない。


「弁明しなければ、疑いは晴れません」


「ああ、それでもだ」


「では……もう王族に戻る気はないと……?」


「……ない。それにもう無理だ。監視対象としてまだ一応生かされてはいるけどこんな状況じゃ死んだも同然だし」


生かされたとはいえ、立場をわきまえず王城に戻ったら事故と称して殺されるがオチだ。

一応、裏攻略対象ではあるがこの世界でご都合主義が本当に通ずるのかも怪しい。


俺の意識がここに確立されている以上、死んだとして元の世界に戻る保障なんてない。そもそも、向こうの世界で命を落としているのかさえわからないのだから。


こんな不確定要素で溢れているなか、わざわざそんな危ない橋を渡るわけにはいかない。だから、俺は大人しく改革派の指示に従っているのだ。


「レイシャ……最後に伝えておきたいことがある」


「なんですか……?アレス様」


ここを離れる前に十年近く傍にいてくれたレイシャにこれだけは伝えたかった。


「こんなことになってすまない。これから大変なことも多いだろうけどお幸せに。遠くの場所から誰よりもキミの幸運を願っている」


「そ、そんな……アレスさまっ……」


これ以上、長居しては彼女の身にも危険が及ぶ。

彼女とは、幼少期から過ごし共に苦楽を乗り越えてきた。

その過程において、俺のなかでレイシャというキャラは乙女ゲームのキャラクター以上の身近な存在になっていて。


ただでさえ、滅亡する可能性があるのにこんなところで余計に身の危険を晒してその確率を上げたくはない。それだけは、絶対に阻止しなければならない。

だから、早々に立ち去ることにした。


「じゃあ、これでさよならだ。レイシャ、お元気で」


「待って!いかないで――お待ちを、アレス様っ!!」


追いかけてこようとするレイシャを門番に頼んで押さえてもらう。

そして、今度こそ馬車に乗り込んだ。


外からは、レイシャの「はっ、離してください!あ、アレス様のところにっ!」という声が響いている。


別れ際に涙を浮かべられてちょっと決心が鈍った。

これだから、付き合いが長いと困るな。

でも、レイシャはきっとこんなことすぐに忘れる。


シナリオ通りなら、ここで俺が最低なことを言って関係が完全に壊れるはずだが、そんなことをしなくてもおそらく大丈夫。


だって、ここは乙女ゲームの世界だから。

何を言ったところで基本的に進行は変わらない。

そして、オリジナル同様に俺の身に降りかかる呪い(設定)も。


処刑場から出て以降、シナリオの強制力で俺の身に他人から嫌われる呪い(設定)が施されているようだった。


俺がアレスというキャラを元々知っていたため、この呪い(設定)については把握していたのだが、あのでっち上げ以降、会う人ほぼ全員に嫌われているので間違いない。

付き合いがそこそこ長かった者からも厳しい目で見られた時は少し傷ついた。

でも、これで効果は証明済み。

だから、ここで何も言わなくてもレイシャは俺のことを嫌いになる。

これはもう確定事項だ。


さっきまでの好意的な様子は付き合いが長かった分、その効果が出るまで時間がかかっている――ただそれだけのこと。

それ以外、考えられない。



新たな婚約者の待つ領地へ出発したのは、午後1時を過ぎたころだった。

王族からの追放――思い返せば学術・武術の毎日で家族や友人との団らんなど何一つとして出来なかった。


あの時、完全に記憶を取り戻せたから、どこか客観的に俯瞰して自分を見れてるけど、きっとオリジナルのままだったら屈辱的だし、人間不信にもなるんだろうぁ…と離れていく王城を馬車の窓から眺めてそんな風に思った。


よし、こうなったらもっと自由に生きよう。

せっかく王族と公務から解放されたんだから。

どうせ、新たな婚約者にも嫌われてるだろうし、第一王子としてここまで色々頑張ってきた。


これから好きにしたって誰も文句を言わないだろう。


だから、これから向かう領内のどこかで流浪したり自分の魔法で人助けをしたりと徳を積み重ね充実した人生を生きよう。


嫌われ者の裏攻略対象――そんな彼の人生を苦難とは程遠い人生に変えてみせる。

俺は、婚約者の元へ向かう馬車の中でそう決意した。



――――――――――――――――――――



新連載始めます。いつも書いてるラブコメとは少し異なり異世界風のものです。

初の試みになるので手探り状態ですが、なんとか書きました。

少しゆっくりめに進みますが、一章終了まで毎日投稿です。

最後までお付き合いいただけると幸いです。

気に入っていただけたら、☆☆☆の方もよろしくお願いします。

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