第3話 クリスティーナとの決め事


翌日。


御当主さまが明日にお帰りになられるということで、今日がクリスティーナ嬢と謁見できる最後のチャンス。


今日、会って許しを貰えないと俺は、大事な娘の生着替えをラッキースケベした最低な婚約者という汚名を着させられ社会的に処刑されてしまう。(もうされてるが)


それだけはなんとか阻止しなければ。


昨日は馬車に長時間揺られていた影響で時間感覚が狂っていて朝だということを知らなかったんだ。

だから、考えうる中で最悪なタイミングで訪問してしまったが、俺は同じ失敗は2度やらない。

今度は入念に計画を練ってお昼決行にした。


流石にこの時間なら、クリスティーナ嬢も起きてるだろうし。

何か問題が起きることなんてことないだろう。

アルバークからは、自分で勝手に訪問してくれと言われているので今日は基本的に一人行動だ。


将来の婿だというのに側近が一人もつかないとか。

ホントに婚約者ってカタチだけなんだな……


本編のアレスもきっとこんな体験をしてきたのだろう。

まあ、昨日のラッキースケベは流石になかっただろうが。


そう考えると、オリジナルのアレスより得してるのか……とくだらない妄言を考えていたら、いつの間にかクリスティーナ嬢の部屋に着いていた。


よし、今度は失敗せずにやろう。


ふぅ…とひと息深呼吸。


ゆっくりと聞こえるようにトントンとノックした。

しかし、待てど部屋から返事がこない。


あれ?聞こえなかったか?


もう一度今度はさっきよりも力を込めてノックした。


だけど、またなんの返事もない。


まさか、不在なのか?


お嬢様らしくお稽古とかやっているかもしれないという考えが頭をよぎったがアルバーグから、今日は基本的にお部屋にいらっしゃると言われている。


じゃあ、どうして返事がない?


さて、どうしよう。困ったぞ。


例によってこのまま引き返すわけにもいかないし。


「さっきノックしたし……ちょっと、ほんのちょっと覗くくらいなら……」


ほんのちょっとだけ、1ミリ……いや、10センチだけだから!


だって、にっちもさっちもいかないんだ。

状況を打破するためにはアクションを起こさないといけないだろう?


最後にもう一度だけノックしてみた。

だけど、やっぱり返事はない。


「……よし、ちょっと覗いてみるか」


周りをキョロキョロ見渡し、人がいないことを確認。

そっとドアを引いた。


ドアの隙間からそっと部屋の中を確認するともうすぐお昼だというのに、部屋のカーテンは閉められていてベットの上にある布団も乱れていない。


どういうことだ……?


覗くだけ。

そう決めたはずだったのに無意識のうちに俺は足を踏み入れていた。


室内は綺麗に整頓されていて、香水の匂いが広がっている。

しかし、見た感じ肝心のクリスティーナ嬢がどこにもいない。

このベッド以外で。


部屋を見渡したあと、最後に一番気になっていたベッドに近づく。

近づいてみると、「すぅすぅ……」と寝息が聞こえた。


は……?もしかして、寝てるのか?


もうお昼前だぞ?

メイドはなにをしている?

起こしに来てないのか?


普通の人ならば既に起きている時間。


それなのに、侯爵令嬢がベッドで気持ちよくお昼寝なんてありえるのだろうか。

い、いや、あり得ないというよりか、許されない。

彼女の威厳にも関わってくる。


お、起こした方がいいよな。


この時、俺は自分がノックしたとは言え許可なく勝手にクリスティーナ嬢の寝室に入っていることを忘れていた。


「く、クリスティーナ嬢……?」


「う、うーん。」


返事はある。夢の中にいるようだが。


「おーい。起きてくれ。クリスティーナ嬢」


本当は揺すりたい気持ちだったが最後の線は越えるわけにはいかない。


「う、もう、ちょっと……あと、5分だけ…」


どこぞの眠り姫だ。

寝坊助の常套句をこうも自然に扱ってくるとは。


このキャラはゲームだともっとツンケンしてると記憶してたんだけど。


ランパーグ侯爵家令嬢――クリスティーナ・ランパーグ。

アランの元婚約者でこのストーリーの悪役令嬢。

アランを……いや、王妃の地位を渇望していて、ストーリーを進めていくにつれてアランや他攻略対象たちと仲良くなっていく主人公が気に入らず嫌がらせなど攻撃を繰り返す役回り。

確か、レイシャ同様アランを攻略しようとするとより顕著になったはずだ。


性格は無駄にプライドが高いツンデレお嬢様。

変なことに対抗心を燃やしていっつも突っかかってくるイメージだ。

だから、ここに来た時もそれを恐れていたのだが、そんな悪役令嬢がお昼近くまで夢現の寝坊助姫だったとは。


俺が本来のクリスティーナを思い出しながら、ふと視線を下に向けると目が合った。


「あっ…」


いつの間にか、眠り姫が目を覚ましていたんだが。

二つの視線がバッチリこちらに注がれている。


「えと……」


「叫んでいいかしら?」


どうして?とは言わない。もう、この際言う必要もない。


「待て、誤解だ」


叫ばれるのは非常にまずい。

本格的に俺が終わってしまう。


「誤解ってなに……?令嬢の部屋に忍び込んで私の顔を下卑た気持ち悪い視線で舐めまわすことのどこに誤解があるの?昨日のことといい、もしかして死にたいのかしら?」


うん。下卑た視線で舐めまわす以外、正論すぎてどう反論すればいいかわからない。

これってもしかして、助からなかったりする?


「あ、あのさ……弁明してもいいか?」


「ダメ」


「一応ノックはしたんだ」


「ダメって言ってるでしょ??!」


「いや、聞いてもらわないと俺の社会的信用が地に落ちるんだ。頼むよ!」


「安心して。それならもう覆せないくらい最低値よ。これから、少し余罪が増えたところで誰も気にしないわ」


「俺が気にするんだよ!納得いかないから弁明はさせてくれ」


こんな押し問答が五分くらい続いた。

最終的に根を上げたのはクリスティーナだった。


「ああっ、もうっ!!わかったわよ!そこまで言うなら聞くだけ聞いてあげる!」


「ほ、ほんとか?」


「でも、聞いてあげるだけだから。納得なんてしないから」


そんな頑固そうな顔で俺を睨んできたが構わず俺は話した。

崩れかかってる自分の名誉のために。


「さっきも言ったけど、ノックはしたんだ。昨日のことを反省して。そしたら、どれだけ待っても返事がなくて。あとから何回やっても返事がないから、どうしたのかなって…」


「それで入ったと…?無許可で?」


「無許可かなぁ……」


口には出さずとも心の中で許可はしてくださいましたよね?

……ごめんなさい、冗談です。

だから、叫ぼうとするのはやめてください。


「その、勝手に入ったことはわるかったと思ってる。でも、もしものことがあるかもしれないし、このまま引き返すわけにもいかなかったんだ。……でもまさか、あのクリスティーナ嬢がこんな時間までお昼寝してたなんて思ってもみなくて」


「っ……お、お昼寝じゃないわよ……?」


「で、でも、布団かぶって寝息立ててたし……どこからどう見てもお昼寝――」


「ち、違うから…これは、瞑想だから」


「は?瞑想…?」


お布団被って「すぅすぅ」寝息立てる、そんな瞑想の仕方聞いたことないけどな。

俺が首を傾げていると、


「なに…?瞑想って認めないっていうの?それなら今日のことや昨日のこと、お父上様に言いつけてもいいんだけど?」


「え?」


「あ~あ、今なら許してあげてもいい気分だったんだけど、残念だ――」


「瞑想ですよね!わかってます!」


うん、俺もそういう瞑想知ってる!

よくあるよね。めいそうめいそう!


「はあ……これでお相子様なんだからね?」


「もちろん、わかってる」


クリスティーナ嬢のこの秘密を話さない代わりに昨日今日のこともチャラになったようだ。

いや、ほんとに助かった。

偶には忍び込んで見るもんだな(冗談です、でき心だったんです。許してください)


「あ~あ、ただでさえ納得いってない婚約なのに、相手がこんな不審者だったなんて最悪だわっ!」


おい、違わないけど違うぞ。

クリスティーナ嬢がため息を吐くなか、心中で否定した。


「いい?私はこの婚約に納得してない。理不尽な理由で一方的に婚約破棄されたせいで令嬢最大の誉れである王妃になれるチャンスを潰されたのよ?その原因を作ったアンタもぜったい許さないから」


「それは……わかってる」


元々言われることは覚悟してたんだ。別にこれでショックを受けたりはしない。


「一応婚約者同士だけど、いっさい近づいてこないで。来年、学園に行ってそこで評価を上げてもう一度アラン様の婚約者に返り咲くから。国に尽くそうとせずに自分のことしか考えない、王太子の風上にも置けないアンタとの婚約なんてなんてお断りよ!いい?」


「うん。それでいい。お互い不干渉にしよう」


そっちの方がきっと都合がいい。


そういうと、クリスティーナは驚いた表情を浮かべ、


「え……ふ、不干渉…?」


と俺に確認してくる。

その表情は、俺に言ってる意味をわかっているのか?と問いているようだった。


「ああ、お互い必要のないとき以外は一切交流しない。そっちのほうがクリスティーナ嬢も嬉しいだろ?」


俺がこれからしようとしていることを考えたら、これが一番いい方法だ。


「ほ、ホンキなの?」


「もちろん。王族に二言はないよ」


「アンタなんてもう王族じゃないでしょ?」


「そう言えば、そうだった。じゃあ、俺に二言はないから。そういうことで」


「ちょ――」


呆気に取られるクリスティーナ嬢を置いて、俺は部屋を退出した。

あとは、御当主に許可を得ればいいな。とその目標の道筋を思い浮かべながら。


――――――――――――――――――

次は22:35に更新します。

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