絵を食べる男

絵を食べる男を殴り殺してしまった

彼はぬるい血だまりの中で、ボロっと転がっている

依頼したのは僕なのに、思い出が冒涜されているようで

耐えられずに手を出してしまった

もはや戻ることはない


一度汚れたものがきれいになることなんてできない

表面上は洗い落としたつもりになっても

精神的な奥底が汚れたままだ

その汚れを落とす科学技術は未だに発展していない

あるいは軍用であれば存在するだろうか

いずれにせよ僕にはうかがい知れぬところ


彼の仕事はまだ終わっていない

部屋には食べかけの絵が山積している

僕には処理する手立ては無いので

また誰か業者を呼ばないといけない

廃棄するにも金がかかりすぎる

あるいは手続きは複雑で、平日昼間に遠方へ赴かなくてはならないような

そんな煩雑な手間に悩まされることになる


まずは死体をどこかに隠さなくてはならない

彼がここにいた痕跡も、やり取りしていたメールもすべて消して

コーヒーを一口口に含んでから、

次の業者を探すのだ


絵を始末するのは早いに越したことはない

変に放置してしまっていると、インクが溶け出て、

床にシミとなって残ってしまう


このシミというやつは、ジョイントマットも貫通して

何とか隙間を見つけてフローリングまでたどり着いて、

何としてでも痕跡を残そうとするのだ

厄介なこと極まりない


一度絵具がにじみ出ていることに気づかずに、

ジョイントマットをふと外してみて、底が大惨事になっていたことがあった

ティッシュを二箱も使って、ジョイントマットもすべて風呂場に放り込んで

ようやく事なきを得たような、苦い思い出だ

次こそは、由々しき事態は避けなくてはならないのだ


食べかけの絵を見ると、早くもキャンバスの隙間から

おどろおどろしい派手な赤色のインクがにじみ出ている

携帯を持つ手は逸って、次の業者を探そうと躍起になる


安価で、迅速で、そして後腐れないような、

そんな業者を探さなくてはならないのだ

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