道路脇に並んだ無数の鏡

道路脇には無数の鏡が置いてあるものの

僕を映す鏡というのはよくよく探してみなければ見つからない

ようやく見つかったと思っても、僕の姿をなんの面白みもなく、

そのままありのままに返すだけで、見ていて面白いものでもない


鏡が僕を映した回数は、決して僕を証明しない

鏡に映ったところで実態があるとは限らないし

鏡に映るものだけが全てであるかのように語るのは愚かだ

それでも稀に、鏡に映らないことに不安を感じてしまう日もあって

自分の姿を映し出してくれるような気まぐれな鏡を探してうろつく


労苦の果てに手にした鏡をそうそう手放すまいと

大切にタオルに包んで、かばんの中に入れる

折れ曲がったりすることのないように、

リュックの一番平らな、背中に近いところに置いておく


さて帰ろうと立ち上がった時、

囁くような声が羽虫のように僕の周りを飛び回る

拾った鏡は不快なことばかりを口にする

彼に悪気があるのかは定かではない

それでもちくちくじめじめと這うように僕の体力を削って

僕はすぐにでも、鏡の重みに耐えられなくなる


蔑ろにするものはおもちゃにできる

もっと大切な人を喜ばせるために蹂躙できる

その度にひび割れるように心動かされて

帰りに木工用ボンドを買って帰ろうと決意する


自分自身も鏡になってしまえば容易い事だろう

相手から受け取るものを、そのままに返せばいい

きっとこの世の皆々そのように生きていて、

僕だけがうまく順応できずにいる

大切にしてくれない人を大切にする必要はないし、

傷つけるだけのものとは距離を置いた方が身のためだ

それなのに、妙な期待に突き動かされてしまうのは

自分の意思にも反するところだ


僕の頭上にはゼロが表示されている

マイナスでないからマシだと考えることもできるだろうけど

そもそも定義域がゼロ以上なのだから、なんの慰めにもならない

数字がようやくイチになったところで、

そのイチがあまりにも特別すぎることは避けられない

僕の体はそのイチに突き動かされ続けることになるし

それがまったくいい結果にはつながらないのだ


結局、鏡を道路脇に戻すほかなくなる

乾いた喉はそのままに、とぼとぼと帰路につく

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