来訪者

窓をノックする音がした

外を見ると自分に随分と背格好が似た男が立っている

彼はジェスチャーで中に入れてほしいと示していて、

他人事ではないように思えた僕は窓の鍵を開けた


外にいた男はそっと網戸を開けて

虫が入らないように注意しながら

靴を脱いで中に踏み入ってきた

その態度に僕と似た匂いを感じ取って、

とりあえずコーヒーでも入れようかとポットの電源を入れる


彼は立ったまま僕の方を向いて

彼自身の説明として過去の僕であると表現した

それが本当だとしても、過去の自分なんて信用できるか

今このようになる原因を作り出している張本人だ

それが嘘だとしても、そのようなウソツキを信用できるか

今このようになる原因を作り出している張本人だ


彼の用件はよく聞き取れなかったが、

僕は僕の中でふつふつと怒りが湧いてくるのを感じて、

彼につかみかかってしまった

しばし問答や乱闘を繰り返して、

ただ少し、僕の方が力は強いようだった


家財道具は壊れて、ポットの中身は散乱した

熱湯が部屋に撒かれて、お気に入りのタブレットが壊れてしまった

思い出の品とか、大切に集めてきたがらくたのコレクションとか

思い出したくもないようなつまらないものだとか

それでも捨てられずにいたものだとか


何もかもが壊れて、粗雑に扱われて、

二人でごみ袋に入れて回った

あっという間にごみ袋は玄関口にうずたかく積まれ、

僕も彼も、この部屋からでることはできなくなった


部屋はあっというまにからっぽになった

引っ越し直前か、あるいは引っ越し直後の様相だった

ただそれでも

何もかもがなくなっても、過去だけは残ってしまった

これから先に道が続いているのかは定かではないが、

狭苦しい部屋の中、僕と彼だけがうつむいている


A4用紙を取り出して、今日のことを日記に書いた

大切なものはなくなってしまったけれど、

これからも変わらず

生きている間に、生きてきた跡を、粛々と作り続けるだけ


彼もそれだけは良しとしてくれたようで、後ろで見守っている

何もない部屋に、紙切れが一つ

すべての始まりはことごとく単純だ


夜ご飯がないので買い出しを頼んだら断られた

僕はごみ袋をかき分けて、部屋を出ていくことにする

また戻ってこられるように、鍵をしっかりかけておく

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