村の入り口に立っていた看板より

街角で見かけても、近寄らないように気を付けなくてはならない

ソイツは五メートル四方に近づくと唾を吐くのだ


ソイツの唾は苦い毒を孕んでいて、

絶命には至らないまでも、しばらく激痛に苦しむことになる

たちのわるいことは、症状が引いたと思っても、

一か月か三か月、あるいは一年以上もたってから、

思い出したように、激痛の症状がぶり返すことだ


猛毒を浴びた人の写真によれば、

皮膚はただれ、胃は溶け、髪は抜け落ちるような、

そんな多大なストレスがかかるらしい


そのような悲劇に見舞われないためには、

何よりもソイツに近づかないことが肝要である

近づくことさえなければ、ソイツの唾を浴びることもない

刺激的な唾に対する何よりの予防策になる

とても簡単な話だろう


うっかり、気の迷いか気の弱みに付け込まれ、

近づいてしまったとしても、すぐに距離を取ることだ

眼を見て見つめ合っているような悠長な時間はない

しんだふりなんて、相手をみていないソイツからしたら

何の意味もなさないこと

まずは逃げること

余計なことで精神をすり減らさないようにすること


じっと眺めることには思わぬ副産物もあって、

言動や思考、ふるまいの片隅に、ソイツの影響が垣間見えてくるのだ

気づけば己自身が唾を吐いていたりする

感染性が非常に高く、ささいな関わりでも認識災害を起こして、

瞬く間にソイツに似通った醜悪な姿に貶めてしまう


何度でも繰り返そう

一番の対策は、ソイツに近づかないこと

可能な限り距離を取るべきだし、

見ることすらもまず第一に避けることだ

関心を持ってはいけない

気づいても忘れるように努めるのだ

日々を平穏に過ごしていくためには、必要な気遣いだ


だがまぁ、問題が起きることはそうそうないだろう

あいにく、ソイツに会いたいと思うような

不埒な輩は決してどこにもいないだろうから

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