白亜

部屋の片隅から始まった侵略は、あっという間に僕の生活圏を圧迫した

僕由来の好きだとか、好ましいだとか落ち着くだとかは

小さな小さな段ボール箱に押し込められていった


幼少期を思い返してみれば、その輪郭をぼんやりとみることができる

ただ記憶の隅にぶらさがるものも少なくなって、

意志をもってぶらさがっているのか、

ただ風に吹かれるままに絡みついているのか見分けはつかなくなった


出自を証明しようにも残っている文献は少なく、

口伝されてきた情報も眉唾ものばかり


できるだけ純度が高いものに目印としてラベルを貼って

はたしてこのラベルは自分で貼ったものだろうかと悩みながら、

また今日も手垢のついた本を読む


おさがりやもらいもので埋め尽くされた部屋は、

僕の人生の縮図のようだ


誰それとかかわって、影響を受けて、

純度百パーセントの自分がどんどん汚されていった工程が表れている

悔いいることは何もない

望ましさを優先するのであれば、はるかに健全だと理解している


決してなかったことになんかしない

箱一つが消えただけでも市中をひっくり返すような大騒ぎをしてみせよう

美術品がごっそり盗まれたようなものだ

価値のあるものはそれだけで、必要で仕方なく置いている

なくなると自分がばくばくと削り取られるような痛みがある

余剰資源がない、だから

捨てることはしない、ただ管理できていればいい

己の機嫌ひとつですこしずつ蛇口をひねることができるのなら、

いかにも有用な資源になる


すこしずつ蛇口をひねることが何よりも重要だ

部屋の管理をするに際して手渡されるマニュアルにも明記されている

回っているのか回っていないのか、定規で測ってみても判断しかねるような

それくらいの些細なアプローチが重要だ


うまくひねることさえできれば、

致死量にならない程度の猛毒が

金属味の口先からぽたぽたと垂れて、

身体をゆるやかに蝕んでいく

その感覚に心地よさを覚えることができれば幸せ者だが、

僕はまだまだ不幸せなままだ

口いっぱいに広がる苦みをシュークリームでごまかして

何にもならない日々を渡っていく


路肩の紙屑には、誰も興味がない

そちらに保護は必要ない

にぎりつぶしてしまうと心の臓もつぶれてしまうから

誰にも踏まれないように、隅に避けておかないといけない


器ではない、ツギハギが僕で

少しも質量を減らしたくない臆病者も僕だ

それでも血が失われるように、

流れ出る過去が止め処ない


身体の防衛反応が、部屋に置き続けることを拒んでいる

感情は気ままにわがままを言う

板挟みになりながら、考えることの多さに助けられている

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