帰途

ようやくたどり着いたかに見えた山頂も、

着いてみればまだまだ道半ばもいいところ

この先の果てしなさはもちろんのことだが、

これまでの道のりの果てしなさにも驚かされる


道端に落ちている小石を蹴って歩いたり、

きれいな形のキノコを見て話しを膨らませたり

看板に書かれた文字のフォントに思いを馳せたり

かっこいい枝をみつけて喜んだり


疲れたときには手をつないで、

路辺に掛けて、ペットボトルの蓋をひねる


手を握って手を離して

また握ってまた離して

そんな繰り返しで僕の心をもてあそぶ

単純な僕はふるまいのひとつひとつに杞憂して

悩んで、喜んで、自分を貶めて満足している


しばらく休んで、さぁ行こうかと声をかけると

暗い山中で僕は一人になっている

持ってきたはずの荷物があまりにも軽くて

僕のものがあまりにも少なかったことに気づかされる

中を検めると、僕が君にあげたものばかりはいっていた

薄っぺらい言葉の数々は、もはや価値も魔力も持たなくなった


しばらく呆けて横になって

友達にくだらない用件で電話して

一般的な時間を調べて、せめてそれくらいは粘ろうと画策する

時間はいっこうに過ぎず、

日が昇って、日が落ちるまでの長い長い時間が、

だらしなくやりくりする僕を許さないようだった

何かをしないと気が済まなかったし、

明日のこと、来月のこと、来年のこと

どれをとって考えても考えつくしても足りなかった


誰かにとっての特別になりたかった

ただそれだけのはずなのに、どうしてか、あまりにも難しい


いろんなとこから僕の姿がきえていく

長い長い夢を見ていたようだった

また、だめだった

今度こそ、特別になれるかと思ったのだが

やはりすでに席は埋まっていて、世界は完結していて、

僕の付け入る隙はどこにもない

すがろうとしたものは矢先、消える

岸辺のわらのように、無力な虚像だ


山を下る

行きは果てしなく長い道のりであるのに対し

帰りは拍子抜けするほど一瞬にして終わるものだ

帰り着いた我が家

暖房で無理に暖めないと寒くて仕方ない

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