傘と泥棒、あるいは大泥棒

傘の差しがいのある雨だ

新品の傘が喜んでいる

雨音を弾き飛ばして、足元はおろそかにしている

じうじうと足先から僕の身を焦がしているのに

僕は何も気づかずに、今日の晩御飯のことを考えている


歩き慣れた道のはずなのに

足取りはいつにもまして重い

冬の寒さが体の動きを鈍らせているのだとか

昨日の模様替えの疲れが残っているのだとか

理由はいくつも作り出すことができるけれど

どの理由も重くなる足取りに太刀打ちできずにいる


濡れた足先は徐々に僕から体温を奪っていく

その手口は稀代の大泥棒にも勝るもので

何にも劣る僕には当然気づけるものではない

彼は冬の寒さにまぎれさせるのも上手いのだ

雨音も彼に加勢して、足音をかき消して

何でもない心に無理やり影を落として帰っていく


冷え切った体を暖めるのは難しい

どんぶりいっぱいの芳醇なごはんも

インスタントコーヒーも上っ面だけだ

一時は治ったように感じて、高い報酬を払って帰ってもらうが

すぐ後に、ごまかされたことに気づく

この世は詐欺師か大泥棒か

どちらかあるいはどちらもが存在する


取り返しのつかないことになってから、初めて気づくようなこともある

雨に濡れたズボンは、もはや己で乾くこともできず

いかがしようとばかりに僕を見上げている

僕にどうこうできる問題ではないから、期待するのはやめてほしい

解決の糸口が見えているのであれば、とうに実行している


靴もずぶずぶで気持ち悪い、君にもらった靴だ

きっとこの靴は僕に味方しない

一緒に足先を濡らして喜んでいる

表面上は黄昏たように思えても、

身体の芯は、心臓はゆっくりと時を刻んでいく

濡れてしまった、その時点で気づくべきだった

ティッシュペーパーでできた身体は

ほろほろと崩れていくというのに

僕は何も気づかずに、今日の晩御飯のことを考えている

あるいはすべて知っていて、今日の晩御飯のことを考えている

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