リンゴン

17時を告げるチャイムが僕の頭の中でだけ響いた

いつもより少しだけ大きな音量に感じるそれは、

きっかり5回くりかえして静かになった

どれだけ続きを待ちわびても、その続きを鳴らすことはなかった

ふとした時に、同じ5回が何度も頭の中で繰り返す

僕にだけ聞こえる音、そのチャイムに悩まされているのは僕だけだ


存在しない敵に苦しめられている

彼は僕の意識の希薄なところから迫ってきて

チャイムを鳴らして帰っていく

思わせぶりな態度は中途半端に僕を惑わせる

その敵に、名前をつけることができない悲しさもある

名前を付けてしまえば、意識の齟齬に彼の存在が

肉付いてしまうようで、注意が必要だ

彼が実体を持った日には、必ずや僕の体を八つ裂かんとするだろう

その時が僕の終わり

だからこそ、今この這いまわるような悩み種で済んでいる内に

とどめておく必要があるのだ


誰かと共有することは容易い

きっと皆それぞれに同じ悩み種を持っていて、

入れ替わり立ち替わり入室してくるメロディがすり寄ってくる

だが、どうにも気分が乗らない

もっとも共有すべき人、共有したい人は、

しばらく旅行に出ると言っていた

それが僕を遠ざけるための口実なのかはわからない

考えようとすると、あまりの己の醜さに反吐が出る

きっといつまでも待ちわびてしまうから、

記号的なチャイムに差し替える


チャイムの音を録音して、送りつけることができたら

どれだけ気が晴れることだろう

あいまいな、ぼやけた部分を少しでも晴らすことができたら

不格好な己自身を許すことができたら


宛名を書くときに手が震えて、その先を書き進めることができなくて

結局いつまでも、フラッシュバックするチャイムの音に悩まされている

小さくなったと思えば大きくなって、安心できずにいる

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