錠剤

悪感情につつまれそうだったので

無意味に体を動かしてみる

逃げ場を持たずに皮膚の薄皮一枚隔てたところでくすぶっていた感情は

我先にと逃げ出していく

、訂正

彼らは巧妙に、僕の体に染みついて姿を隠しただけだった


輪郭を保っていられるようにするためには

少しずつ、少しずつ剥いでいく必要がある

今日はここまでと適量を決めて、一日一錠、胃に流し込んでいく

ちいぽけな僕の体にはそれでも過剰で

階段をのぼるときに、みしみしと骨がきしんでいる

心なしか、息も切れているようだ


ただ、まだ目をつぶっていられるくらいだ

若さを頼りに、やせ我慢をして平静をたもつのだ

無理は禁物、それでも無理をしなくては、

道路脇に咲くことはできない、枯れ草を笑え

己が優位を証明しろ、人であることを見せびらかせ

何よりも気高く、しぶとく這い続けるのだ


そういってられるのも調子のいいときだけで

普段は慎重を期している

自分の体調と、カレンダーの余白と相談して

今日はどこまでいけそうか、自分の器に問い合わせる

彼は虚言癖があるので注意しなくてはならない

些細な失敗ひとつで、すべてが水の泡にある


投げ捨ててしまいたくなる衝動は、何よりも忌避すべきものだ

僕たちは生活を続けなくてはならない

時間は先へ先へと進んでいく

マイペースに、僕らを待つことはしてくれない

それでも、生活を続けなくてはならない


何年経っただろうか

何か進歩はあっただろうか

進展は?進捗は?

振り返るのは恐くて、目の前の信号機をずっと見つめている

その移り変わりにだけ注目して、意識をささげている


歩行者マークが、アオに変わった

「指」先が、自分のものではないみたいに踊っている

首に空いた小さな穴から、取り入れた酸素がこぼれていく

しばらく休息をとる

少しずつ薄めて川に流していく

澄み渡った状態には戻ることはないけれど、

少しでも近づけるように

少しでも青くなるように

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