第38話 義三
甚五郎と二人で紀尾井町の旗本屋敷の離れの隠居部屋の現場へ向かう途中、
「よう、義三、なんだい、小ざっぱりした
甚五郎が、後ろから声をかけた。
義三は、思わず振り返り、
「あっ、これは甚五郎さん。あっ、四代目もご一緒で」
と云うと、二人に頭を下げた。
「そう云やぁ、今日は松平様の
義三は、佐吉が紹介した
「へい、この度は色々お世話になりやして、この
「馬鹿野郎、お前の御恩、御恩ってのはももう聞き飽きたよ、
佐吉は、義三の言葉を制した。
「まあ、いい仕事しろよ。おいらに恥かかせるんじゃないぜ。松平様は怖い
「えっ、そんなに怖い御方なんですか?」
義三は
「馬鹿、冗談だよ。だがよ、おいらがお前を推したんだ。お前の仕事はおいらの仕事も同然よ。そこんとこ忘れるんじゃないぞ」
「へい、
義三は深々と頭を下げた。
佐吉が義三を推したのは、佐吉自身、義三の技量を買っていたからだ。周囲には、まだ独り立ちして間もない若造に大名屋敷を請け負わせるのは早いのではないかと反対する者もいた。富五郎も弟子の出世は嬉しいが、しくじってしまうと四代目の面子も潰れてしまうと反対だった。
「富五郎さん、俺は、将来、土佐屋の一党を束ねていくのは義三だと思っているんだ」
「………」
「あいつは、まず筋が良いし、腕もなかなかのもんだ。それに人を引き付ける何かを持っている。若い者たちにも慕われて、それでいて締めるところはちゃんと締める。何をやらせても
「熱心?」
富五郎は首を傾げた。
「ああ、あの日以来、義三は毎日のようにやって来て、例の図面を借りて行くんだ。そして、二・三日後には、ちゃんと返しに来る。で、その時には、分からねぇことをあれこれ訊いて来るんだ。こんな奴は義三だけだよ。もう今は、義三に教えることなんか殆ど無ぇぐれぇなんだ」
「そうだったんですかい。あの馬鹿野郎、遠慮も無く」
「いや、おいらは嬉しいんだよ。こいつは
佐吉は、富五郎の同意を求めた。一本立ちしたとは言え、まだ日は浅い。師匠に当たる富五郎の意に反してまで義三を推すことはできない。
「分かりやした。おいらも義三についての
富五郎は、その日の晩には義三に伝えた。義三が喜んだのは言うまでもない。『生涯ご恩は……』と云う言葉が何度も義三の口から出るのは、その時、富五郎が
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