第36話 土佐屋一党

 暑い夏がやっと終わり、朝夕にすずしげな風が初秋しょしゅうとなっていた。この夏は目が回るほどの忙しさであった。まずは、唯一注文ゆいつちゅうもんを受けた寺の三重の塔の図面を引き、手配てはいをする仕事を片付かたづけなければならなかった。先方は五重の塔を所望したのだが、やはり地盤が悪い場所だったので何とか説得して三重の塔にさせた。だが、本当に大変だったのが、殺到さっとうしていた普請の注文を土佐屋の一党に振り分けることであった。最初は喜んでくれていた者たちも、そのうちに、

「なんであの野郎が大きな寺で、おいらが小っちゃなお宮なんだ」

 というたぐい不平不満ふへいふまんが出てきた。

 助けてくれたのは、やはり富五郎だった。

「仕事に大っきい小っせぇも無いぜ。おいらなんざ、長屋の普請だって雪隠せっちんの修理だって精魂込せいこんこめてやって来たもんだ。手を抜いた事なんざ一度も無ぇぜ。四代目がけずり回って先方を説得し、おめぇに回してくれたんじゃねぇか。いちいち文句垂もんくたれてんと、おいらが承知しねぇぞ。分かってんのかおい。不足があんなら自分で仕事探して来やがれってんだ」

 富五郎の迫力に逆らえる者はいなかった。だが、富五郎には感謝しつつも、自分に足らないものを見せ付けているようで、複雑な気持ちであった。


「おむかえに上がりやした」

 玄関の土間どまから甚五郎の声が聞こえた。このところ、甚五郎と二人で紀尾井町きおいちょうにある旗本屋敷の離れにある隠居部屋いんきょべやの修復をしている。地震で少し傾いたのを元に戻すだけであるから二日もあればできると思っていたのだが、ついでに違いちがいだなを作れだの、欄間らんまを替えろだの、追加の注文があって一週間ほどかかってしまった。だが、これも何とか明日で終わりそうだ。来週からは請け負った三重の塔の普請が始まる。佐吉は、宮大工としての仕事はこの三重の塔が済めばしばらく休めようと思っていた。

 地震以来、色々な家の修理をしてきたが、すればするほど、この江戸の街の家々の造作ぞうさのいい加減さが分かってきた。寺や神社も大事だが、こわれてもつぶれても人が死ぬような事はまずない。だが、実際に人が住む家が潰れるとなると、それは人が死ぬという事になりなげき悲しむ者たちが出来てしまう。佐吉は、救い出された赤子あかごいて訳の分からぬ事を叫んで半狂乱はんきょうらんになっている為三の女房のおせんの姿を思い出すたびに、その思いは佐吉の中でふくらんでいった。


 

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