第34話 無尽講

 先月は、佐吉が無尽むじんを落としたので、今月は当番にあたっていた。落としたものが次の月の世話をすることになっているのだ。佐吉の家では、お美代が昼過ぎからあわだだしく準備をしていた。準備と云っても簡単なぜんを造り、酒を用意するだけなのだが、参加者十二人分となる少々手間が要った。

「無尽なんて気の利いたようなこと言ってるけど、要するに飲み会なんだよ。いい気なもんね」

 付き出しにする分葱わけぎぬたえながら、お美代は独り言を言った。ただ、言葉とは裏腹にお美代の表情は明るい。先日請けた三重塔さんじゅうのとう手付金てつけきんが入ったので、やっと家計が一息着ひとつきついいたからだ。おかげで今宵こよいの膳も何とか恥ずかしくないものを出すことができる。文句を言いながらもお美代も江戸っ子で、粗末そまつな膳を出して亭主を恥をかかすような真似まねは死んでもできない女房の一人だった。


「皆んな、無尽の前にちょいとおいらの話を聞いてくれ」

 十二人名全員が集まったところを見計らって、佐吉が切り出した。

 すでに酒を飲んでいた者たちもはいを置いて佐吉の方を見た。佐吉はかたはらに置いた紙の束を皆の前に出して云った。

「これは先代が残しておいてくれたもんだ。見てやってくれねぇか」

 紙の束は分けられて、それぞれがその中身なかみを始めた。

 やがて、

「こいつぁすげぇや、どっかのお寺さんの図面でがんしょ、それも大きなお寺だ」

 一人が云うと、

「こっちはお宮さんだ。これもでけぇぜ」

 また一人が声を上げた。

「ああ、そっちのお寺は奈良の薬師寺さんだ。それと、そっちのお宮は京の八坂さんだ」

 佐吉は事も無げに答えた。

「………」

 座は沈黙した。

「じぁ、これは何処ですかい?」

 富五郎が、おそるおそる尋ねて来た。

「ああ、そいつは奈良の法隆寺さんの図面だ。もちろん、昔描いた本物じゃねぇよ。でもほんんど寸分違すんぶんたがわねぇよ」

 また、佐吉は事も無げに答えた。

 座は大騒ぎになった。

「ですけど四代目、こんなの俺たちに見せちまっていいんですかい」

 義三と云う名の若い者が、佐吉を見ながら、「信じられない」、と云う風の顔をして云った。義三は先代の最後の弟子で、豊三が倒れた後は富五郎のもとで修業をし、年季が明けて先年独立したばかりだった。勉強熱心で、腕もわかわりにはなかなかのもいうのともっぱらの評判の者だ。

「ああ、いいんだ。おいらも色々考えたんだけどな、どうも先代のような器量きりょうは持ち合わせていないらしい。大きな普請をいくつもかかえて差配さはいするような才覚さいかくは、口惜くやしいがおいらには無えってことが分かったんだ。となりゃ、こんなものをおいら一人が持ってても宝の持ちぐされってもんよ。皆んなに使ってもらえる方がよっぽどいいに決まってらぁ。此処にいるのは皆んな先代の弟子か兄弟弟子きょうだいでしなんだから、先代も納得してくれると思うんだ」

 佐吉はそう云うと、腕を組んでうなづみずからを納得させた。

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