第33話 古今東西

 地震以来、佐吉を取り巻く状況は完全にひっくり返った。公儀からは、また浅草寺の普請を改めて求めて来た。ただ、これは富五郎の手前もあり丁重ていちょうに断ったが、後で富五郎の知るところとなり、富五郎に「なんで断りなすった」としっ責される羽目はめになった。富五郎は「おいらなんぞに遠慮なさるとは情けねぇ」と云って涙を流して悔しがったのだ。

 また、噂話うわさばなしも全く正反対のものになっていた。土佐屋の身代しんだいを欲した梅二が娘のお美代を手込てごめにしようとして失敗し、先代に追い出されたという事になってしまっていたのだ。世間のうわさなどと云うものは、古今東西ここんとうざい、いい加減かげんなものであることは変わりない。

 そして、地震以来、江戸の町ではの評判は、日に日に増して行った。その上、佐吉が常光寺の塔の崩壊をあらかじめ予見していたという噂が広がり、評判に花をえた。おそらくは、甚五郎あたりからばらかれたものだろうが、こちらは、噂とは云え真実の事だったので佐吉自身、悪い気はしなかった。

 だが、困ったことが起きた。評判と共に、とんでもない数の普請の注文が舞い始めたのである。梅二の注文だった普請がほとんどが土佐屋にやって来たのだ。評判は上がっても土佐屋の身代では同時に何軒もの普請をすることはできない。最初の一件だけは受けたが、後からの注文は断るしかなかった。しかし、素直に引き下がってはくれず、何年待ってもいいからあんたのとこで頼むという依頼主ばかりで、途方に暮れてしまった。

 知り合いの大棚おおだな札差ふださしが、「これを機会に身代を大きくしなさい。金の方は低利でいくらでも貸してあげるから」と云ってくれたが、佐吉は丁寧ていねいに断った。佐吉自身、思うところがあったのだ。

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