第30話 黒山の人だかり

「しかし、見物人ってのが気になるな。実際見てみねぇと分からねぇが、刀のり程も傾いてなりゃ、こいつぁ大きいもどしでもあったら本当に倒れるぜ。見物人に死人でも出たら大事なことになるぜ。富五郎さんはどう思いなさる?」

 佐吉は富五郎に問うた。

「十中は八・九、間違いありやせんぜ。刀の反り程となると、こりゃもう駄目だめだ」

 富五郎は、確信を持っている風だった。


 富五郎は見物人で人だかりがしていると聞いて、放っておくこともできないと考えたのか、甚五郎を伴って常光寺の普請場ふしんばに出向いた。途中、知り合いの旗本に事情を話して加勢かせいを頼み、寺社奉行所の与力よりき同心どうしん以下、数名の役人にも加わってもらった。

 現場に着いてみると、なるほど黒山の人だかりがしていた。中には近付いて塔を見上げ、騒いでいるお調子者ちょうしもの幾人いくにんか居る。肝心の塔は、甚五郎の言う通りちょうど刀ように反って傾いていた。何本もの縄で引っ張って応急の措置はしていたが、見るからにのもので、いったん倒れかければ物の役には立たないだろう事はすぐに分かった。

「さあ、どいたどいた。塔が倒れたらひとたまりも無いのだ。分かるか」

「見世物ではないのだ。帰れ、帰れ。わしらの言葉が分からんのか」

 役人たちが、人だかりの整理を始めた。最初のうちは帰り渋っていた野次馬やじうまたちも、さすがに自分の家も心配になって来たのか、三々五々さんさんごご帰りだした。


「富五郎さん、当てつけですかい」

 富五郎が振り向くと、そこには梅二が腕を組んで立っていた。さすがに顔色は良くない。今回の事は相当こたえた様である。

「なんで当てつけとか取るんだい。お前がしないからやってるんじゃないかい」

 富五郎は心底怒っていた。

「少々傾いたって倒れたりするもんじぁありませんよ。また壊して作り直しゃいいんですから。家にはそれくらいの余裕はありますよ。何処さんと違ってね」

 梅二は精一杯の強がりを言った。

「なんだと、この程度の地震で傾く塔なんざ造りやがって、その言い草は。おいらだったら、こっ恥ずかしくって二度とお天道様は仰がねぇぜ。どうでもいいが、倒れて死人でもでりゃお前のその生意気なまいけつらも悪くすりゃ三尺高けぇ台の上だぜ、分かってんのか、おい」

「………」

 さすがに、富五郎の言葉に梅二は押し黙った。

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