第27話 梅二の五重塔
佐吉は、また元の
晩秋の涼しい風が吹く頃、佐吉は、御家人屋敷の修理の帰りに、常光寺の近くを帰った。甚五郎も一緒だった。甚五郎も佐吉が棟梁を退くとともに普請から引き、あぶれていたのだ。佐吉は残るように云ったのだが『乗り気がしない』と云って気かなかった。この天才肌の男は、気分が乗らないとなると
だが、その後は、甚五郎も食って行くためには縁側の修理もせねばならない。天下の左甚五郎を縁側修理に使うのも、いささか気が引けたが、二人でする縁側修理もそれなりに面白いものであった。そして、なによりも依頼主が自分たちの仕事に心から感謝し、喜んでくれることが嬉しかった。
「これが梅二の野郎の五重塔ですかい。なるほど見ては悪くありやせんぜ。それなりのもんでやんすな」
甚五郎が、梅二の建てた塔を見上げて云った。
「ああ、見てはな」
佐吉は答えた。
「じゃあ、見ての他に何かあるんでござんすか?」
甚五郎は佐吉の返事に何か感じるところがあったのか、突っ込んできた。
佐吉は塔を見上げ続けていたが、やがて、大きく息を吐くと、ポツンと云った。
「倒れるぜ」
「えっ、倒れるんでござんすかい」
甚五郎は驚いて後ずさりした。
「今倒れるってわけじゃねぇよ。甚五郎さん」
佐吉は、甚五郎の姿を見て笑った。
「いや、
「明日かも知れないし、十年後かもしれないし、百年後かもしれない。ちょいと大きな地震があるとこいつぁだめだな。倒れるよ。まぁ大きな地震が無くたって、二百年は無理だな」
別に
「なんでちょいと大きい地震で倒れるんですかい。何で吊るし芯柱かなんて使って、ちょいとやそっとの地震でゃびくともしねぇんだって評判ですぜ」
甚五郎は、興味を持ったのかさらに訊いてのだ。
「その吊るし芯柱ってのが
佐吉は言葉を濁した。甚五郎に詳しく云って訊かしたら、それを甚五郎が言い触らしでもしたら面倒なことになる。
「そいつぁ楽しみだ。おいらの生きているうちに倒れてくれよ」
甚五郎は、はしゃいで云った。
「だめだよ甚五郎さん、仮にも
佐吉は甚五郎を窘めた。
「いけねぇ、いけねぇ、こいつぁ、あっしとしたことが。おーい、頑張って百年でも二百年で立っていろよー」
甚五郎は、塔に向かって叫んだ。
佐吉は、そのひょうきんな甚五郎の姿に思わず笑みがこぼれた。
「どうだい、たまにはちょいと一杯」
「へいへい、待ってやした。たまにはちょいとやりやしょう」
晩秋の江戸の日暮れは早い。町は既に夕焼けに染まり
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