第26話 普請から引く

 五重塔の落慶法要らっけいほうようり行われたのは、それからか月後の二月だった。ちょうど桜の花が満開の頃で、境内の桜も今を盛りに咲き誇っていた。将軍自らが参詣しての法要であり、大奥女中らも多数付きいろどりえた。将軍家光が施主せしゅに当たるので別段の事ではなかったが、佐吉の自尊心は大いに満たされた。豊三が生きていてくれたらどれだけ喜んでくれるかと思うと、涙が滲んだ。


 だが、佐吉の喜びも数日と持たなかった。それからほどなく、梅二が請け負っていた常光寺の五重塔が落慶法要を執り行ったのだ。それまでかぶっていた幕を取り払い、その豪華絢爛ごうかけんらんな姿を万人に見せ付けての法要だった。  

 甚五郎の予測は見事に当たったのだ。出来上がっているのをわざとずらして、佐吉の評判を落とそうという姑息こそくな手段であることは、関わっている者達にはすぐに分かった。だが、そんなことはつるとも知らない江戸っ子たちの間では、梅二の評判は鰻の登りに上がり、反対に佐吉の評判は惨憺さんたるものになってしまった。

 江戸っ子は、

『梅二の勝ち、佐吉の負け』

 との判断を下したのだ。

『お侍の敵討ちが切り合いならば、大工の敵討ちは出来栄えの勝負だ』

 お美代を巡る佐吉と梅二の確執がまことしやかに噂され、このような流言まで人々の口から口を行き交い、敵討ちを果たした梅二の評判は、いやがおうにも上がる一方だった。只の噂話だと聞き流してはいたが、なかなか噂は収まる気配を見せなかった。大きな寺院の普請というものは何年にも渡って続くもので、寺が建てられているうちは噂話というものも生き永らえるものである。

 

 そんなある日、公儀筋こうぎすじから棟梁の交代が命ぜられた。有無を言わせぬもので、佐吉たちも従わざるを得なかった。流石さすがに公儀も江戸庶民の噂話を聞き逃すことはできなくなったのだ。佐吉は富五郎に棟梁を任せ、普請から手を引いた。

 佐吉は、また元の雪隠大工せっちんだいくに戻って働いた。だが、もう世におもねるような気を持つことは無かった。雪隠大工と呼ばれようが、それはそれなりに生き甲斐を感じてもいた。少ない工賃ではあるが、屋根を直したり、崩れた土塀を直したりの毎日が日々の生活を支えた。銭は貰えず大根や牛蒡ごぼうを持ち帰ったことも何度もあったが、それはそれで気分は充実していた。日々が大災無く過ぎていくことが、如何に幸せであるかということも悟ることもできた。


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