第25話 金ピカ銀ピカ

 江戸の町に建てられている二つの五重塔は、細やかな外装、内装を除けば、ほぼ出来上がっていた。梅雨の明けから始め、夏の盛り、秋そして晩秋の頃には、なんとか一息は付いていた。

 梅二の請け負った常光寺の塔は、後から工事を始めたにもかかわらず、佐吉の浅草寺の塔よりもはるかに早くその全体出来上がっていた。しかし、外装・内装の工事に入ってからは手間取っているようで、なかなか進まないようであった。しかも、全体を幕で覆い外からは見えないようにしている。一方、佐吉の方は、少ない人数で精一杯の仕事をしていた。

 甚五郎も毎日張り切って、得意ののみを片手に、細工物をこさえていた。


「甚五郎さん、また腕上げなすったね」

 佐吉と甚五郎の仕事を見ながら云った。

「四代目は口が上手いんだから、参っちまうよ」

 甚五郎は照れながらも嬉しそうに答えた。

 腕を褒められて嬉しくない職人はいない。だが、甚五郎の鑿のえは尋常ではないところまで来ていた。彫っている最中の龍もまるで生きているかのように生気に満ち溢れ、今にも飛び出しそうな勢いである。もはや、神が乗り移っていると云っても過言ではないほどだった。

 以前、豊三が、

「甚五郎は百年、いや千年に一人の男よ」

 と云ったその言葉が、まざまざと思い出された。

「四代目、梅二の野郎、塔に幕をしてやがってるでがんしょ。ありゃどうせ金ピカ、銀ピカにでもして皆を驚ろかしてやろうって魂胆ですぜ。あのゲス野郎が考えそうなこって、気にすることはありやせんぜ」

 甚五郎は、佐吉の心を見透かしたのように云った。

 実際、梅二の仕事が気にならないと云ったら嘘になった。最初のうちは自分の仕事で精一杯で人の仕事を云々するほどの余裕もなかったが、完成が近付くと、やはり相手の仕上がり具合ぐあいも気になってくる。

「あの幕の中で細工している連中、たいげー知ってますがね、なーに、てぇーした奴いませんぜ。どうせが子供だましのような彫って悦に入るってのが関の山でさ」

 甚五郎は、そう云うと、また仕事を始めた。右手の持つ左利き手の用の鑿が木槌の共に小気味よく木片を飛ばし始めた。この甚五郎の前では、比べては他の細工師はたまったものではないだろう。誰もが子供だましになってしまう。だが、佐吉にとって梅二は侮りがたいで、腕そのものは梅二の上があることは自分でもよく分かってつもりだった。

 しかし、宮大工の技量は此処の腕だけで決まるものではない。先代の豊三もうでそのものは凄いというほどではなかったが、名人とうたわれたのは、仕事の正確さ、出来栄えの良さ、知識の豊富さなどであり、そして、何よりもその人間的な魅力にあった。佐吉は、人間的な魅力という点では豊三には遠く及ばないかも知れないが、この十年は豊三に負けないぐらい精進したつもりだ。

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