第24話 常光寺の塔

 梅二の請け負った常光寺じょうこうじもしばらくして工事に入った。やはり、浅草寺と同じく五重塔から建て始めた。ただ、こちらの方は佐吉と違って、有り余る資金のものを言わせた物量作戦で、見る見るうちに全体像が出来上がっていった。 

 江戸中に、この二つの五重塔の噂が広まるのに時間はかからなかった。当時、ほとんどが一階建ての平屋だった江戸の町に高さ二十軒は有ろうかと思われる二つの塔が同時に建ち始めたのだから、元々噂好うわさずきにかけては御多聞ごたぶんれない江戸っ子たちの評判にならないはずはない。噂は、尾ひれ背びれがついて江戸中に広まった。

(塔の建造を競い合っている棟梁が元々兄弟弟子だったこと、後を継いだのが兄弟子の佐吉で浅草寺を受け請けもっており、弟弟子おとうとでしの梅二が常光寺を請け負っていること)

 までは良かった。

 だが、

(兄弟子あにでしの佐吉が師匠の娘をたらし込み、腕の良い弟弟子おとうとでしの梅二を追い出した)

 という尾ひれが付き、

 そのうちに、 

(梅二がその遺恨をこの普請にかけている)

 という背びれまでもが付いて来た。

 判官贔屓はんがんびいきの江戸っ子は、それをそのまま信じてしまった。噂が描く話は江戸っ子たちの琴線きんせんしびれさせるのには十分だったのだ。


「気にするんじぇねぇ、つまらん噂なんぞ俺の耳に入れるな」

 佐吉は、お美代の話を聞くときっぱりと云った。

 お美代は、今日、江戸中に広がっている噂を初めて耳にしたのだ。それを夜遅く仕事から帰って来た佐吉に愚痴ぐちったのだ。

「だって、口惜しいじゃないのさぁ」

 お美代は、佐吉にとがめれてもまだ不満げだった。噂と実際の話とはまるで正反対なのだから腹が立つのも無理はない。しかし、一度広がってしまった噂に蓋をすることはできない。放っておくしかないのだ。

「明日も早え―んだ。もう寝るぞ」

 佐吉はそう云うと、かたわ憤懣ふんがいやるかたない体で歯ぎしりをしているお美代をよそに布団に滑り込んだ。

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