第23話 吊り芯柱

 これより二十年ほど前、先代の豊三が初めてり芯柱の方式を使って三重塔を建てたことがあった。この吊り芯柱方式は、当時最新の耐震工法で、確かに地震には強い。塔全体の重心中心に集まるという構造の利点がある上に、地震の際には芯柱が振り子のように揺れ、傾いた塔の回復力を増すという効果もあって安定したものになる。しかし、一方で、重い芯柱を吊り下げるという事は、塔全体が重くなることにもなる。また、重い芯柱吊り下げるために建物部分の強度を増さねばならず、建物部分そのものも重いものになってくるのだ。つまり、塔全体が非常に重いものになり、地盤にかかる負担は大きくなってくる訳である。

 そもそも、五重塔というものは、同じ面積の土地の上に五重重ねて立ち上げているものだから、面積はあたりの負荷は単純計算で平屋の木造建築の五倍になる。そのうえに強度を増して芯柱を吊り下げるとなると、かなりしっかりとした地盤の上に建てなければならず、もともとが湿地帯でゆるい江戸の土地にはなじまない工法なのだ。

 ただ、豊三が建てたのは、三重塔であり、同じ江戸とは言っても山の手であり、地盤は比較的しっかりしているので、冒険的に吊り芯柱方式を採ることも十分に理解することはできた。また、新しい物好きの江戸っ子気質にも馴染なじむもので、柱が宙に浮いているという事がずいぶん評判を呼びもした。

 しかし、その頃、世間の評判をよそに、

「なんか、皆んな勘違かんちげーしてるみたいだな」

 豊三が、一言漏ひとこともらしたのを佐吉は覚えている。

 あとで豊三に問うてみたところ、その返答は意外なものだった。豊三の云うには、芯柱を吊り下げた理由は、皆の噂しているような地震や大風の事を考えての事ではなく、あとで芯柱を切る手間を省くためだとの事だった。

 塔と云うものは、何度も言うように木造建築としては相当な重いものであり、長い期間のうちに塔全体が縮んでゆく宿命を負っている。重力に逆らう事はできないのだ。だが、一方で芯柱はその『木』という縦に繊維が走る材質として、胴の部分が縮んでも縦の縮みは小さいという特徴がある。つまり、塔全体の縮みに対し、芯柱の縮みは小さいことからひずみが生じてくることになる。

 最上部の屋根と芯柱が唯一接合している部分だが、芯柱がいわば突けるような具合になって、そこに隙間すきまを作ってしまうのだ。其処から雨風が入り込み、塔を腐らせてしまうことなる。それを避けるためには、何年かおきに芯柱を削って短くする必要があるのだ、短くする必要があるのだが、そのためには、削っている間、芯柱が倒れないように支えなくてはならず、おのずと大工事になってしまう。しかし、大工事と云っても今で云うところのメンテナンスあるいはアフターサービスに近いものなので、多額の金を要求することはできない。これは、請負方としては耐え難いものであった。豊三は、そのいわば苦肉の策として吊り芯柱を考え出したのである。この方式では、メンテナンスと云っても、職人がのこぎり一本で半日もあれば完了するのである。要するに、重力に負けて下がった分だけ鋸で切ればいいだけなのだ。ただ、豊三の意図とは別の処で、誰かが言い出したか、地震、大風に強いという噂がひとり歩きを始めてしまった。

「地震、大風だけだったら、こんな事する分けねぇよ」

 ポツンと言った豊三の言葉が、すべてを言い表していた。

 

 ただ、この世界初の吊り芯柱は、この塔が落成してわずか三年後に落雷に遭い消失してしまったので、鋸一本で芯柱を切るというわずかな手間さえも不要になった。

「吊り芯柱は使わわねぇよ」

 佐吉は云った。図面を見ていた甚五郎が吊り芯柱を使わないのかと云う趣旨の質問をしたのに答えたのだ。

 先代の吊り芯柱の評判は、もちろん浅草寺の五重塔にも採用されると誰もが思っているのものだった。甚五郎が疑問に思ったのも無理は無かった。

「馬鹿野郎、お前らは四代目の指図に従ってらいいんだよ。差し出がましい口叩くちたたくんじゃねぇ、すっこんでろ」

 富五郎が一喝した。

「吊り芯柱の事はおいらもよく知ってるよ。親方のかたわらで見てたんだからよ。誰よりも分かっているつもりだ。だけど、個々は黙って付いて来てくんないか。いずれ機会があれば、ちゃんと云うからさ」

 佐吉は、そう云って場を納めた。

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