第21話 鬼気迫る佐吉

 八方手を尽くして、どうにかこうにか人数は確保することができた。嬉しかったの事は、江戸でも指折りの腕のいい大工や左官がほとんど残ってくれた事であった。無論、甚五郎もその中にいた。

 縄張りの日の朝、浅草寺の境内に一同が集まった。

「四代目、こいつぁつぶよりじゃねぇですかい」

 甚五郎が耳打ちをした。

 佐吉は黙ってうなづいた。

 どの世界でも言えることかもしれないが、自らの能力に絶対の自信を持っている者は、おおむね義理堅いものである。そこそこの自信があるというような中途半端な者に限って金や地位に釣られることが多い。絶対と云うほどの自信が無いからこそ、能力をある程度評価してもらう事が自信の裏付けとなって嬉しくなるものだ。その点、絶対の自信を持っている者は、人の評価なぞ全く必要とはしない。

「実は、梅二の野郎、俺んとこまで来やがったんだですぜ。これは前金だなんてぬかしやがったんで、三十両差し出やがっんだ」

「三十両も?」

佐吉は驚いて言った。

「へえ、三十両でさ、でも叩き返してやりやしたよ。天下の左甚五郎様をこれっぼっちの金で釣ろうとは見上げた了見だ。おととい来やがれ、このすっとこどっこいて云ってね。ついでに一発ぶん殴ってやりやしたぜ」

「殴ったのかい」

「へい、力を込めて思い切り殴ってやりやしたよ。野郎、二軒ほどぶっ飛びやがって、キャーなんて女みたいな声張こえはり上げて逃げて行きやしたよ」

 甚五郎は、実に楽しそうに話しをした。

「何でお前が三十両で、俺が二十両なんだ」

 二人の背後で野太い声がした。

 振り返ると、そこには富五郎とみごろういう名の老大工が腕を組んで仁王立ちをしていた。だが、口調とは正反対の穏やかな笑い顔だ。

「これは父つぁん、聴こえなすったかい」

「馬鹿野郎、お前のでけぇ声、聴きたくなくても聴こえるよ」

 富五郎は、先々代の弟子で一門で最長老になる。大工には似合わない六尺を超える身丈夫で、還暦を過ぎても現役を通している。一門の御意見番として、誰もが一目置く存在だ。

「四代目、此処にいるほとんどが、梅二の野郎の誘いを蹴って集まって来たんですぜ。俺が云うのも何だが、一言褒ひとことほめてやってくれやせんか」

 富五郎はそう云うと、白髪頭を下げた。

 佐吉は頷いた。

「皆んな、集まってくれ」

 声を上げて職人たちを集めた。縄張りに立ち会った職人たち全員が何事かと集まってきた。

「皆んな訊いてくれ。おいらは、今日みたいに嬉しい日は無いんだ。本当に有難いてぇと思っているんだ。有難うとよ。このとおりだ」

 佐吉は、集まった職人たちを前にして、そう云うと深々と礼をした。

「四代目、どうしなすった。頭を下げるのはこっちの方ですぜ」

 誰かが云った。

「そのとおりでぇ。こんな良い仕事くれたんだから、頭下げるのはこっちの方だよな。皆んなよう」

 また、誰かが云った。

「そうでぇ、そうでぇ」

 集まった皆が口を揃えた。

 佐吉は感極まって身が震えるのを感じた。魂の震えが身に乗り移ったような震えであった。そして、喉を振り絞って云った。

「俺は、俺は、梅二には負けたくないんだ。何が何でも勝ちたいんだ。皆んな、俺を助けてくれ、俺を男にしてくれ」

 一瞬の静寂があった。其処には、誰もが知っている穏やかな四代目の佐吉はいなかった。誰もが初めて見る鬼気迫ききせまる佐吉の姿であった。

「梅二なんかに負けるもんか。四代目、何が何でも梅二の馬鹿野郎に一泡食わせてやろうじゃないですかい。なあ皆んな」

 甚五郎が叫んだ。

「そうだ、そうだ、やってやろうじゃないか」

 皆が口々に相槌あいづちを打った。心が一つになった瞬間であった。

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