第18話 雪隠大工

 その日から、佐吉は、仕事は無い日は殆ど豊三の居た六畳間にこもりきりになった。

 ある日、家族で夕餉ゆうげを囲んで居る時、

「お前さん、お父つぁんの部屋で図面見ながら何してんだい。お宝の隠し場所でも書いてあるのかい」

 女房のお美代が、からかい半分に言ってきたことがあった。

「そうだよ、お宝の山よ。あれは銭なんかで勘定かんじょうできねぇ代物しろものよ」

 すかさず、佐吉はそう返した。

 暇があれば、部屋に籠って図面を広げる日々が続いて丸一年が経った。相変わらず、仕事らしい仕事は回ってこなかった。仕事が無い分けではなく、むしろ、古い寺の修繕や長屋の請負などで忙しい毎日だったのだが、宮大工の四代目としての仕事は全くと言っていい舞い込まなかった。まさに、『貧乏暇なし』、だったのだが、佐吉は愚痴も言わずに几帳面に注文をこなしていった。一方、梅二の棚は、ますますの繁盛ぶりで、今では比較にならないようになってしまっていた。

 口の悪い連中は、

「四代目は、雪隠大工せっちんだいく鞍替くらがえしたらしいぜ」

 などと陰口を叩いて笑った。

 佐吉にも、その声は聞こえてはいたが、どうする事もできなかった。腕はあっても商才が無い事は自分でも身に沁みて分かっている。だが、今更、商才を磨けと言われても、土台無理な話であった。

 中には、心配して、

「この際、背に腹は換えられないだろう。悪い事は云わねぇ、梅二の下に入ったらどうだい。梅二だってお前さんには世話になってんだ。どうのこうのは云わせないぜ。おいらが仲に入ってやるから話付けて来てやるぜ」

 と云って来てくれた者もいた。

 確かに、梅二の下請けになればよい仕事も回ってくるだろうし、生活も楽になるに違いない。しかし、これだけは断った。女房のお美代の一件もあるし、親方の豊三にも申し訳が立たない。そして、何より自分自身の誇りが許さなかった。雪隠大工と言われようが、何と言われようが、梅二の風下に立つ事だけは、死んでもできることではなかった。

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