第17話 図面

 四十九日の法要も終わり、すべてが何事もなかったような日常に戻った。豊三の居た六畳間も主を亡くし、しばらくは生気せいきが抜けていたが、やがて、そこも子供たちの遊び部屋に変わって行き、いつの間にか生気をよみがえっていた。

「只の六畳間にも、それなりに有為転変ういてんぺんがあるものだ」

 佐吉が妙な感傷に浸っていた時だった。整理箪笥せいりだんすが目に留まった。豊三が今わの際にしたことを突然思い出したのだ。箪笥は、あの時のままであった。豊三が亡くなって以来、葬儀やら法事やら挨拶回あいさつまわりやらで、忙しくしているうちにすっかり忘れてしまっいた。

「親方、すまねぇ、忘れちまっていたよ」

 ひどり言を言いながら、箪笥の前まで行き、そこで手を合わせた。一番下の引き出しを開けてみると、中には図面がびっしり積まれていた。豊三が請け負った仕事の図面の様だったが、ほとんど見た事のないものだけであった。紙が黄ばんで染みも出てるので、佐吉がまだ弟子入りする前の古いものだろう。請けた仕事ごとに束にしてまとめてあり、几帳面きちょうめんな豊三の性格をよくうつりしていた。

 次も引き出しも同じく請け負った仕事の図面であった。ここには、佐吉も見たことがある懐かしい図面が沢山あった。その次の引き出しは、請け負った仕事の金額、材料費、人足代などが細かく記された出納帳すいちようのようなものの束だった。

「そう云えば、上から二番目とか言ってたな」

 豊三の声を思い出した。考えてみれば、いまわの際に、絞り出すように言った言葉を忘れてしまっていた。

「いけねぇ、こいつぁ罰が当たるぜ」

 そう云うと、佐吉は拳骨げんこつで自らのひたいを叩いた。


「こ、こ、こりゃすげぇ」

 佐吉はつなった。しばらくは息をすることもできなかった。

 そこにあったのものは、京、奈良の主な神社仏閣の図面であった。清水寺、八坂神社、妙心寺、薬師寺、他にもまだまだあった。それぞれ表紙に寺、神社の名が記され、構造部分が細かく図面化されていた。

 法隆寺の図面もあった。特に、五重の塔については別冊べっさつにしてあり、図面の各所に念入りに書き込みがされていて、細かい部分は絵図までが描かれている。足しげく何度も上方に赴いたのはこのためだったのだ。いちいち、孫の顔を見に行くだの、お伊勢参りのついでだのと理由を付けていはいたが、これが目的だったのだ。まさに、老職人の執念の結晶とも言うべきものであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る