第16話 二番目の引出

 豊三は、半月ほど経った日の夕刻、家族や弟子たちに囲まれて冥土めいどへ旅立った。佐吉の八歳になる長男の定吉が、

「じいちゃん、なんか変だよ」

 と云って来たのが昼過ぎだった。

 病間に入ってみると、豊三はうつせに倒れていた。

「親方、どうしなすった」

 急いでけ寄り豊三を抱き起した。

 佐吉の声を聞くと、豊三は薄く目を開け整理箪笥せいりだんすした。何かを言いたげなので、耳を口に近付けると、

「うう上から二番目だ。俺が死んだら見てみろ、お前のもんだ。おおお前しか分かれねぇ」

 としぼり出すような声で云った。

 そして、佐吉を見て、

「ありがとよ」

 ささやくと、そのまま佐吉の腕の中で昏睡状態こんすいじょうたいになった。

 医者をすぐ呼んだが、もう駄目だめだから親戚しんせきや親しい人がいれば呼んだ方がよいということだった。思いつくままに人を走らせたが、今わのきわには百人を超える人が集まっていた。その中には、取るものも取り合えず現場から駆け付けたであろう、道具箱を担いだままの者も何十人もいた。こんな沢山の弟子たちを育てたのかと、やって来た本人たちが驚くほどであった。

 翌日の葬儀はさらに大勢の参列者でにぎやかなものになった。豊三が手掛けたことがある寺の住職たちも宗派を問わず殆どがやって来て、僧の数も何処かの大名か大身の旗本の葬儀かと思われるほどであった。

 大工仲間たちは口々に、

「四代目、これからは、あんたがしっかりしないといけねぇよ」

「四代目、これからは、あんたがこいつらをたばねるんだぜ」

 と云ってきた。

 そのとおりだが、四代目と呼ばれるたびに、何やら心に重たいものがのしかかってくるように思われた。

 梅二は、葬儀にはやって来ず、代理の者をよこしただけであった。葬儀の最中に、ひとめがあった。一人が梅二の代理の者にからんだのだ。それは甚五郎だった。

「梅二の野郎はどうしたんだい。えー。お前なんか来なくたっていいんだよ。梅二を連れて来いと云ってんだよ。あれだけ世話になった親方に手え合わせることもできねぇのか。梅二のゲス野郎は」

 すぐに、周りの者たちで収めたが、甚五郎の声は参列者のほとんどの耳に残った。それは、そこにいた誰もが思っていた事だった。特に、梅二に仕事を奪われたことのある大工たちにとっては、留飲りゅういんの下がる思いのする台詞せりふだった。

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