第13話 蜘蛛の巣

 佐吉は豊三にれられて初めて上方に行った時、寺や神社を見て歩いた。中に入って床下ゆかしたもぐり、構造を調べ、書き写しもした。そのためには、寺を管理している小坊主こぼうすに渡す金も必要だった。もらった小遣いは、ほとんどそれで消えてしまった。毎日、蜘蛛くもを付け、顔をはいだらけにして宿に帰ってきた。豊三はそれを見逃なかった。実は、豊三も同じことをしていたのだ。


「かか上方かみがたの寺やおお宮さんを見て回ってたんだろう。それも、床下や天井裏てんじょううらに潜り込んで念入りにな。おいらは分かってたんだ。毎日毎日、く蜘蛛の巣だらけにして帰ってきやがった」

 豊三は、庭の向こうの遠くにながめながら云った。

「まことにそのとおりで、すみません」

「馬鹿野郎、おお俺はめてんだぞ。謝る事なんえねぇよ。じじじつは俺も見て回ってたんだよ。お前の後に行ったから、かか金は要らなかったよ、ハッハハ。小坊主の奴にさっきのわ若けぇのが払っただろうと言ったら、たいげー、へーどうぞだったぜ。ハッハハハ」

 そう云うと、また、豊三は顔をくしゃくしゃにして笑った。


 豊三の言った通り、佐吉はあの折り、名高い神社や仏閣はもとより、荒れ果てたどうでも何か気になるものは、くまなく観察して回ったのだ。

 外観もさることながら、佐吉の興味はその構造にあった。江戸の神社や仏閣は、家康が江戸に入って以来が殆どであるから、古いものでもせいぜい五十年余りしか経っていないのに対し、京、奈良のものは、何百年、法隆寺至っては千年経っているのだ。江戸の五十年余りのものでさえガタがきて、修理、修復が必要なものが多いのにかかわらず、千年経っても何の変りもなくたっている建造物の不思議を確かめてみたくなったのだ。

 江戸を立つ時から願っていたのだが、上方で豊三が思わず長居ながいをしてくれたおかげで、その機会がめぐって来た。心の中で小踊こおどりしながら疲れを感じる余裕もなく、毎日見て回ったことを覚えている。佐吉の今までの生涯の中で、これほどの至福しふくのひと時は無かったと云っても過言ではなかった。

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