第12話 猿まね

 甚五郎が引き上げた後、何故か佐吉は妙な息苦しさを覚えた。甚五郎の様に豊三の期待に応えられない自分に腹が立って来たのだ。そして、もう一度、豊三の病間びょうまを訪ねて云った。

「親方、あっしは、本当に申し訳なく思っておりやす。甲斐性かいしょうの無い婿むこで済まねぇことで、どうもこうも申し開きの言葉もござんせん」

 豊三は、しばらく佐吉が頭を下げてかしこまっている姿を見ていたが、やがて、

「馬鹿野郎、おお俺は日本一のみみ宮大工を婿にできたんだ。俺ほど幸せ者はいねぇよう」

 と云った。

 豊三は続けた。

「お前ぇ、梅二の野郎の事でそんなこと考えちまうんじゃねぇのか。あんなゲゲゲス野郎、お前の足元あしもとにも及ばねぇよ。あれはささ猿まね、分かるかい、人まねじゃねぇんだ、ささ猿まねなんだよ」

「猿まね?」

「そうだ、猿まねよ。おお俺をまねしただけの野郎よ。おいらが猿だから、やや奴は猿まねよ」

 豊三はそう云うと、しびれていない方の左半分の顔をくしゃくしゃにして笑った。佐吉には意味が分からなかった。

 その日の豊三は、よくしゃべった。言いたい事のすべてを言い尽くそうかという勢いだった。


 豊三は、上の娘のおはるが京にとついで行った時の話をした。お春は、上方から手伝いで来ていた遠縁とうえんにあたる宮大工の息子と恋仲こいなかになり、京で祝言しゅうげんを挙げた。お春に豊三夫婦、お美代、佐吉、梅二と京に上がった事である。祝言も無事終わり、折角せっかくという事で京、奈良、大阪と見物することになった。

 佐吉と梅二は先に江戸へ帰ると申し出たのだが、

「お前たちは旅の用心棒代ようじんぼうかわりだ」

 と云って、豊三は帰さなかった。それどころか、行く先々で小遣こずかいを

「これで遊んで来い」

 と云った。

 豊三の話はその時の事だった。

「梅二のばば馬鹿野郎は、本当に遊んで来やがった。おしろいくさからだでよう。俺の言葉をしんに受けやがって」

 豊三は吐き捨てるように言った。

「佐吉、あの時、おお前が何処で何をしてたか、俺は知ってるんだ。こいつは、ほほ本物だとお前を思ったんだよ。俺の目には狂いは無かった。おお前は日本一の宮大工になったんだからよ」

「そんな、日本一なんて、やめてくださいやし。あっしゃ、まだ、大した仕事はしてませんし、最近じゃ、もっぱら修繕ばかりで」

 佐吉は恐れ入った。むしろ皮肉ひにくを言われているのではないかとも思った。

「馬鹿野郎、俺は知ってるぞ。どっどどんな大きな本堂でも五重の塔でもお前は造れるだろう。自信あるだろう。お前の頭の中にはちゃんと図面はできてんだ」

「そんな……」

「すすすまねぇな、俺がこんなになっちまったばっかりに、お前にいい仕事させてやんねぇで」

 豊三は、そう云うと涙を浮かべた。

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