第10話 落魄れて

 それからというもの、梅二には八年近くも会っていない。ただ、うわさだけは、時々耳に入ってきていた。梅二は上方から新興の材木問屋の入り婿むこになったということだった。あの時の女がその材木問屋の娘だろう。その肝煎きもいりで、日本橋に新たに木曾屋きそやという宮大工の看板を上げ、すぐに増上寺の大規模な修復をこなし、以来、注文が増え、飛ぶ鳥を落とす勢いという事らしい。

 ただ、注文を取るのには手段を選ばす、上方流のそでの下も平気で使うという悪い噂も耳に入った。いずれにせよ、ここ数年で梅二は押しも押されぬ宮大工になったことだけは確かであった。そして、その興隆に反比例するかのように佐吉はおちれて行ったのだった。

 

 豊三は卒中の後遺症で半身が痺れてしまい、仕事はできなくなってしまっていた。豊三にしてみれば、自分がしばらく親方でいて徐々に佐吉に仕事の塩梅あんばいを渡していくという目論見もくろみだったのが、狂ってしまったのだ。

 東照宮の仕事が一段落と、豊三のきっぷと信用で持っていた棚は、あっという間に他の棚に仕事を取られてしまった。東照宮の仕事で手一杯になり、他の仕事を断り続けてきたのがあだにもなった。しかし、幕府の引き締め政策の中、他の棚も余裕のあるところは無くなっていたので、それはそれで仕方がなかった。ただ、梅二のところだけは露骨ろこつに、しかも情け容赦なく仕事を奪っていった。気の荒い職人が怒り、喧嘩沙汰けんかざたになるところまで行って寸前で収めたことも何度かあった。ただ、そんなときも梅二は裏に隠れて決して表に出ることは無かった。梅二に対するおとうと弟子としての情というようなものは、佐吉の中からはうに消え失せてしまっていた。


 寝たきりになって五年、豊三の衰弱すいじゃくが日に日に目立つようになってきた。医者には、

「以て三月、早ければ月のうちかもしれないので覚悟かくごするように」

 と言われた。

 佐吉は、本当にどうしていいやら分からなくなっていた。出来ることと言えば、謝る事しかない。豊三の気分が良い時を見計らって誠心誠意、自分の不甲斐ふがいなさを許してもらおうと思っていた。

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