第9話 慇懃無礼

 それからしばらくして、佐吉はお美代に梅二の事を訊いてみた。お美代の云うには、梅二は佐吉とお美代の事をどうも誤解していたようなのだ。それは、お美代が本当に好きなのは自分なのだが、父親の豊三に言い含められて佐吉を婿にとる、云う勝手な思い込みだった。

 梅二に考え直すよう迫られたお美代は、きっぱりと、

「あたしは佐吉兄さんが好きなんだよ。大好きなんだ。どうしても一緒いっしょになりたかったから、あたしからお父つぁんお願いしたんだよ。女の口からこんなこと云わせないでおくれ」

 と云ってやったというのだ。

 お美代も江戸っ子で、そういう点ははっきりしていた。佐吉は合点がってんがいった。小娘に、此処まで啖呵たんかを切られたのでは、男が立たないのは良く分かる。梅二の立場を考えると気の毒にさえ思えた。自分が梅二の立場だったら、やはり、同じように飛び出していたに違いない。

 二度目に会ったのは、それから二年もしない秋、富岡八幡とみおかはちまんの秋祭の日だった。

 本殿の雨漏あまもりがひどいのでどうにかしてくれと云われていたのを、やっと見積もりができて持って来た帰りだった。参道を歩いていると、

「佐吉兄さんじゃないですか?」

 と呼ぶ声がした。振り向くと梅二が立っていた。

「やっぱり佐吉兄さんだ。お久しぶりで、ご達者たっしゃの様で何よりでござんす」

 そう云うと梅二は軽く会釈をした。梅二はこざっぱりとした若旦那風わかだんなふう出で立ちいでたちで、しかも女連れだった。女も梅二に誘われるように会釈をした。

「この前はどうもすいません。勘弁してやってくださいまし。何分へべれけに酔ってまして失礼なことも云っちまったようで、まことに申し訳ござんせん」

 梅二は何度も頭を下げた。慇懃無礼いんぎんぶれいとも思われる態度だった。

「別に気にしちゃいねぇよ。それよりこちらのお人は?」

 佐吉は、梅二の陰に隠れるようにして、上目遣うわめづかいにこちらを見ている女の事を訊いた。

「あっ、こりゃ申し遅れました。あっしの女房なんでして、ほんのひと月ほど前に所帯を持ちまして、と云っても、婿養子むこようしなんですがね。佐吉兄さんと同じで」

「馬鹿野郎、兄さんと同じだけが余計よけいなんだよ」

「へへ、どうも」

「とりあえず、よかったな。おめでとさんよ」

「どうもありがとうござんす」

 梅二はそう云うと、女の方を振り返って、

「おい、お前からも挨拶あいさつしねぇか。昔、世話になった佐吉兄さんだ。こいつはおえいっていう名で」

 と云って、女を前に出した。

 女は、

「お栄と申します。宜しくお願いします」

 と云うと、すぐにまた梅二の後ろに下がった。

「すみません、まだ挨拶あいさつの仕方も知らねぇなもんで」

 確かに、女はまだ十五かそこらであろう、その顔には幼さが残っていた。

「仲良くやるんだぜ。早く子供作れよ」

 そう言って別れた。それだけの事だったが、梅二がなんとか立ち直っているのだけは分かった。梅二が来ている着物も上等の物だった、連れていた幼い嫁の身なりは大棚おおだな若女将わかおかみと云う類のものだった。かなりの大棚の婿養子になったのだろう。梅二にも運が向いて来たかという感慨だった。それにしても、言葉遣いや態度に慇懃さがにじみ出ていて、いい気分にはなれなかった。心から謝っている態度ではない。が、佐吉にとってはもうどうでもいい事だった。

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