第3話 梅二

 上州じょうしゅう水吞百姓みずのみびゃくしょう三男坊さんなんぼうに生まれた佐吉には、無論、願っても無い話だった。当のお美代は評判の美人だし、気立ても良く、明るい性格は誰にも好かれている。二十歳になるまで嫁に行かなかったのは、代取だいとり娘として豊三が決めていたために無い込む縁談をすべて断っていたことにある。だが、いざ宮大工みやだいく婿養子むこようしとなると、探してもなかなか見つかるものではない。豊三にも、そこのところは重々承知じゅうじゅうしょうちしていた。

 明くる日、佐吉は何事もなかったように仕事に出た。豊三も何も言って来なかった。数日間、二人の間には仕事以外の会話は無かったが、佐吉には気になることがあった。それは、佐吉の弟弟子おとうでし梅二うめじの事だった。

 梅二うめじは、佐吉の三年後に見習いに上がった。年も三歳下の二十五である。梅二は天才肌の男で、見習いになって一年もしないうちに佐吉は追い付かれた。五年もすると、二十年以上の年季ねんきの職人も歯が立たなくなっていた。豊三や年季の職人の仕事をじっと見ているかと思ったら、次の日には同じことをいとも簡単にやってのけた。同じ職人として嫉妬しっとすら覚えるほどの腕の良さだった。将来、大きな仕事をする棟梁になることは、佐吉も疑わなかった。  

 豊三の後を継ぐのは梅二だろうと考えていたし、周囲も何となくそういう雰囲気ふんいきだった。梅二自身もおそらくそのつもりであろう。また、当のお美代も年が近いこともあって、梅二と気が合うらしく、二人で喋っているのをよく見かける。梅二も役者張やくしゃばりのいい男なので、器量きりょうよしのお美代とは似合いの夫婦になるに違いない。それだけに、いくら棟梁の豊三の申し出であっても、二人の中に自分が割り込むような話を受けるのは気が引けた。

 実際のところ、佐吉は自分将来については、梅二とお美代が一緒になって豊三の後を継ぐことを前提に考えていた。梅二は確かに腕のいい職人だが、それを鼻に掛けるところがある。豊三や佐吉の前ではそういった素振そぶりは見せないが、他の職人の前では、あからさまにその仕事を鼻であしらうことがある。何度かそれが原因で喧嘩沙汰けんかざたになったことさえあった。


(将来、梅二の下で働くと辛い思いもしなければならないだろう。兄弟子としての面子のようなものもある。梅二とお美代が一緒になった時は、此処を出てたたき大工でもやって気楽に暮らした方がましか)

 などと、朧気おぼろげながら思ってもいた。

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