食卓

白川津 中々

 深夜にごとりと音がした。


 部屋の中に誰かいる。俺以外に鍵を持っている者はいない。足音が、少しずつ近づいてくる。


「誰だ」


 扉が開いた瞬間にそう聞くと、人の気配は一瞬後退りするような音を立てた後、焼けたような声を出した。


「金を出せ、殺すぞ」


 なんともテンプレな回答。思わず噴き出す。


「なに笑ってんだよ、殺すぞ」


「いや、すまん。悪いんだが、うちに金目のものなんてないぞ。隅々まで探してくれて構わんから、欲しいものがあったら持っていけ」


「舐めてるのか。本当に殺すぞ」


「やめとけよ。強盗殺人は洒落にならん。持ってく分には何も言わないが、俺を殺したら絶対に捕まって実刑だ」


「俺はムショなんて怖くねぇんだ」


「それでも塀の中にぶち込まれるのは嫌だろう」


「かまうもんか。前科だってあるんだ。」


「前科があるのなら、なおの事戻りたくはないんじゃないか?」


「ムショの方が気楽だよ。娑婆は働き口もない。生きていくためにはこうして金を奪うしかねぇ。それで捕まれば雨風しのげる場所で三食出てくるんだ。願ったり叶ったりじゃねぇか」


「なるほど。一理あるかもしれん」


「あ、おい! 動くんじゃねぇ!」


「騒ぐな。声が外に漏れる」


「……」


「腹が減った。俺は今から飯を作る。その間にお前は部屋の中を物色してろ。まぁ、何も出てこないだろうがな」


「……妙な真似したら殺すからな」


「しないよ。あぁそうそう。これから電気を付けるから、顔を見られたくないなら今のうちに隠しとけよ」


「……」


 電気を付けてキッチンへ。冷蔵庫には水菜と鶏肉。あとは卵しかない。「適当にやるか」と呟きそれぞれ取り出す。肉を切って出汁に入れて、火が通ったら水菜を入れて一品。その間に卵焼きを作る。あとは冷凍の白米をレンジで加熱して完成。


「できたぞ」


 できあがった料理を並べ、座る。待っていると、シャツで顔をグルグルにまいた男が半裸で現れた。


「なんで二人分あるんだよ」


「お前……なんだよその恰好は」


「お前が顔を隠せって言ったんだろう」


「……そうだったな」


「そうじゃないんだよ。なんで二人分あるのかって聞いてんだよ」


「食わないのか?」


「……」


「食わないなら好きなもの持って帰れ」


「……食うよ」


 男は乱暴に座ると、器用に口の部分だけシャツをずらして汚く食べ始めた。きっと箸の使い方やマナーなどを教えてもらえなかったのだろう。


「美味いか?」


「……あぁ」


「捕まるまではいつでも来い。飯くらいは作ってやる」


「お前、俺が怖くないのか」


「どうだろうな。ただ、いい奴だとは思ったよ」


「なんで」


「悪い奴だったらとっくに俺は殺されてる。そうじゃなくても飯なんか食える状態じゃなかっただろう。あと、俺と話をしてくれた。良い奴だよ」


「……家族はいないのかよ」


「親は二人とも死んだ。妻と子供はいたけどね。離婚してもう会えない。これまで蔑ろにしていた俺が悪いんだが」


「……両親は、いた方がいい。子供はよ」


「……」


「理由は知らないけどよ。子供のためにやれるだけの事はやったほうがいいぜ」


「……切羽詰まって強盗に手を染めた奴に説教されるとは思わなかった」


「うるさい。俺もこれから働くよ。なんでもやる。だからお前も子供のためになんかしてやれ」


「……そうだな。やってみるよ」


 素性も知らない男と食卓を囲みそんな話をすると、これまで得られなかった経験と喜びがあった。食べ終わると男は「洗うよ」といって不器用にお椀などを片付けていった。そうして、「ご馳走さん」と手を合わせ、「帰る」と言って玄関へ向かった。


「また来いよ」


「二度と来ねぇよ」


 そんな挨拶を交わし、別れた。男は相変わらずシャツで顔を隠して、上半身は裸のままだった。


「両親はいた方がいい。か……」


 男に言われた事を呟き、スマートホンを取り出す。連絡先、妻の名前……



 ……



「……駄目だな」


 結局なにもせず、俺は床についた。何もかもが遅すぎたのだ。俺にとっても、家族にとっても、もう二度と会わない方がいい。


 願わくば、子供と、後はあの男の人生が素晴らしいものになりますように。


 そんな事を思いながら、目を閉じる。暗く狭い部屋には、料理の残り香が漂っていた。 

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