食卓
白川津 中々
■
深夜にごとりと音がした。
部屋の中に誰かいる。俺以外に鍵を持っている者はいない。足音が、少しずつ近づいてくる。
「誰だ」
扉が開いた瞬間にそう聞くと、人の気配は一瞬後退りするような音を立てた後、焼けたような声を出した。
「金を出せ、殺すぞ」
なんともテンプレな回答。思わず噴き出す。
「なに笑ってんだよ、殺すぞ」
「いや、すまん。悪いんだが、うちに金目のものなんてないぞ。隅々まで探してくれて構わんから、欲しいものがあったら持っていけ」
「舐めてるのか。本当に殺すぞ」
「やめとけよ。強盗殺人は洒落にならん。持ってく分には何も言わないが、俺を殺したら絶対に捕まって実刑だ」
「俺はムショなんて怖くねぇんだ」
「それでも塀の中にぶち込まれるのは嫌だろう」
「かまうもんか。前科だってあるんだ。」
「前科があるのなら、なおの事戻りたくはないんじゃないか?」
「ムショの方が気楽だよ。娑婆は働き口もない。生きていくためにはこうして金を奪うしかねぇ。それで捕まれば雨風しのげる場所で三食出てくるんだ。願ったり叶ったりじゃねぇか」
「なるほど。一理あるかもしれん」
「あ、おい! 動くんじゃねぇ!」
「騒ぐな。声が外に漏れる」
「……」
「腹が減った。俺は今から飯を作る。その間にお前は部屋の中を物色してろ。まぁ、何も出てこないだろうがな」
「……妙な真似したら殺すからな」
「しないよ。あぁそうそう。これから電気を付けるから、顔を見られたくないなら今のうちに隠しとけよ」
「……」
電気を付けてキッチンへ。冷蔵庫には水菜と鶏肉。あとは卵しかない。「適当にやるか」と呟きそれぞれ取り出す。肉を切って出汁に入れて、火が通ったら水菜を入れて一品。その間に卵焼きを作る。あとは冷凍の白米をレンジで加熱して完成。
「できたぞ」
できあがった料理を並べ、座る。待っていると、シャツで顔をグルグルにまいた男が半裸で現れた。
「なんで二人分あるんだよ」
「お前……なんだよその恰好は」
「お前が顔を隠せって言ったんだろう」
「……そうだったな」
「そうじゃないんだよ。なんで二人分あるのかって聞いてんだよ」
「食わないのか?」
「……」
「食わないなら好きなもの持って帰れ」
「……食うよ」
男は乱暴に座ると、器用に口の部分だけシャツをずらして汚く食べ始めた。きっと箸の使い方やマナーなどを教えてもらえなかったのだろう。
「美味いか?」
「……あぁ」
「捕まるまではいつでも来い。飯くらいは作ってやる」
「お前、俺が怖くないのか」
「どうだろうな。ただ、いい奴だとは思ったよ」
「なんで」
「悪い奴だったらとっくに俺は殺されてる。そうじゃなくても飯なんか食える状態じゃなかっただろう。あと、俺と話をしてくれた。良い奴だよ」
「……家族はいないのかよ」
「親は二人とも死んだ。妻と子供はいたけどね。離婚してもう会えない。これまで蔑ろにしていた俺が悪いんだが」
「……両親は、いた方がいい。子供はよ」
「……」
「理由は知らないけどよ。子供のためにやれるだけの事はやったほうがいいぜ」
「……切羽詰まって強盗に手を染めた奴に説教されるとは思わなかった」
「うるさい。俺もこれから働くよ。なんでもやる。だからお前も子供のためになんかしてやれ」
「……そうだな。やってみるよ」
素性も知らない男と食卓を囲みそんな話をすると、これまで得られなかった経験と喜びがあった。食べ終わると男は「洗うよ」といって不器用にお椀などを片付けていった。そうして、「ご馳走さん」と手を合わせ、「帰る」と言って玄関へ向かった。
「また来いよ」
「二度と来ねぇよ」
そんな挨拶を交わし、別れた。男は相変わらずシャツで顔を隠して、上半身は裸のままだった。
「両親はいた方がいい。か……」
男に言われた事を呟き、スマートホンを取り出す。連絡先、妻の名前……
……
「……駄目だな」
結局なにもせず、俺は床についた。何もかもが遅すぎたのだ。俺にとっても、家族にとっても、もう二度と会わない方がいい。
願わくば、子供と、後はあの男の人生が素晴らしいものになりますように。
そんな事を思いながら、目を閉じる。暗く狭い部屋には、料理の残り香が漂っていた。
食卓 白川津 中々 @taka1212384
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